Scribble at 2021-10-15 19:09:33 Last modified: 2021-10-15 19:18:23

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自宅のパソコンを使ったり、出先でモバイル機器を利用しながら、オフィス以外の場所で仕事をする―テレワークとはそうした「柔軟な」働き方をいう。はたしてこれは仕事と生活を調和させた「夢の未来型労働」なのか。それとも働き手の私生活に食い込んでくる歯止めのない労働の安売りなのか。データを駆使して検証するその実像と問題点。

佐藤彰男『テレワーク―「未来型労働」の現実』(岩波書店、2008)

13年前に出て、もう今では品切れとなっている本である。岩波から出ているため、テレワークの光と影の「影」しか見ていないという偏りはあるものの(もちろん光だけを見ているのも馬鹿だが、世の中の圧倒的多数の現実はどちらだけを見ていても分からないし、そもそも光や影と言い切れない部分が大半を占めているのだ)、なかなか面白い。

たとえば、「在宅勤務はなぜ、広がらないのか」という一節で紹介されている、日本テレワーク協会が調べたテレワークを導入しない理由の筆頭は、「在宅でできるような仕事がない」「労務管理が難しい」である。これに対して、新型コロナウイルス感染症の蔓延で国家規模でのテレワーク推奨が叫ばれて、色々と制度的な補助なども含めてテレワークが推進された2021年度の調査でも、テレワークを導入できないと答えた8割の企業の理由の筆頭は、「対面や紙でのやり取りが業務上必須」「適切な評価や管理ができない」「設備や制度が整っていない」というものであったところが笑える。VPN やリモート・デスクトップ、あるいはウェブ・カメラの購入など、色々なサポートを試みたり、SFA やバックオフィス系のクラウド・サービスに移行する補助金まで出ていても、要するに物事を変えるのが面倒臭いという経営者ばかりなのだ。これを「日本的集団主義」などと連帯責任や民度や伝統といった藁人形を作って叩いてみたところで、凡人の現状維持あるいは永続的な部分最適化という風習がどうにかなるものではないし、これはこれで皮肉ながら一つの文化的な〈強み〉でもあったのだ。

結局、ワーク・ライフ・バランスを口にして適度に働いて成果を出すような人々と、責任感や好奇心で過剰な残業を平気で繰り返すガキのプログラマとを、どうやって管理するのかという問題でしかないだろう。技術的には続々とオンライン・サービスなりクラウド・サービスが登場しているし、逆に会社へ営業や打ち合わせになんか来られても困ると言ったりする極端な事例も増えつつある。実際、殆どの会議や打ち合わせが、実は Zoom や MS Teams で何の問題もないことが分かってしまった。よって、時間で管理しなければ危険だという事例と、時間で管理するとモチベーションが下がるという事例など、個々の職能によって管理方法を工夫すればいいものを、その〈工夫〉をしようとしない。面倒臭いからだ。こうして、これまでも何度か書いているが、日本の企業を内部から腐敗させている元凶と言うべき人事(大企業なら人事部だが、中小零細だと責任の所在が社長なのか各部門の上長なのか、誰も分からなくなっている)の弱みというものが、改めて印象付けられる本だった。

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