Scribble at 2024-07-19 17:33:08 Last modified: unmodified
体操女子のパリ五輪日本代表でエースの宮田笙子選手(19)=順天堂大=が19日、喫煙と飲酒が発覚して五輪出場を辞退したことを受け、著名人がSNSを通じて持論を展開した。
フジサンケイ・グループでしかものを書けない門田氏なんていうマイナーな物書きが「著名人」だと思ってる人は、恐らく右翼にだって少ないと思うのだが、そんな小物の話はどうでもいい。この話題に乗じて、たとえば「そのまんま東」なんかが喫煙や飲酒の年齢を18歳に引き下げるべきだとか、ドサクサに持論を展開しているわけだけど、僕は同意しかねる。
よく、昔から「禁じると余計に隠れて実行したがる」などと、殆ど根拠のないインチキ心理学を理由にして、法令の適用範囲を上げたり下げたり、あるいは狭めたり広げたりする議論に当てはめようとする連中がいるんだよな。今回の件でも、お酒やタバコを禁じたら余計に飲みたくなる人がいるから、逆にフリーハンドにした方がいいなんていう暴論を、まことしやかに言う人がいたりする。でも、そんなことに根拠はない。第一に、ヒトの心理について「禁じられたらしたくなる」なんていう根拠はないし、第二に、「放任されたら禁じられるよりも良い結果になる」などという根拠もないからだ。寧ろ、そんな妄想よりも現実の社会政策の実例なり歴史を調べたら、どう考えても社会や人倫にとって「悪い」とわれわれが認めていることは禁じるべきなのであり、それゆえにたいていの国では殺人が禁止され、小学生がタバコを吸うことも禁じられているのだ。僕に言わせれば、いまやタバコを吸ってる若者なんて2割もいないわけだし、喫煙年齢を30歳へと逆に引き上げて産業そのものを消滅させたらいいと思うくらいだ。そもそも、喫煙の習慣がない国だってあるわけで、ヒトという生き物としてタバコがなければ死んでしまうわけでもなし、そんなもん消滅しても構わない習慣や文化や産業や職業だってあるのだ。僕のような、人類史スケールの保守思想家に言わせれば、そういう取捨選択は人類史のスケールで判断するべきであって、喫煙の習慣によって技術や文化が発達したなどと証明でもできればともかく、人類史全体の中でヒトが喫煙なんてしてたのは、たかだかここ1万年ていどのあいだだ。しかも、日本なんていう矮小な地域で何年の「伝統」があるなどという些末な基準で判断してはいけないのである。