2018年04月04日に初出の投稿

Last modified: 2018-04-04

アドラーだ、マズローだ、ナポレオン・ヒルだ、問題解決法だ、フレームワークだ、超訳ニーチェだと、ここ数十年にわたってアメリカ人やフランス人のケツを追いかけてきたマスメディアは、経営学のリーダーシップ論と自己啓発セミナーの釣り話とを混ぜこぜにして(まぁどちらも社会科学としてはクソみたいな水準の議論だが)、通俗書を書き散らしては拝金主義の王道を泰然自若に歩んでいる。宗教や政治や文化に関わる「思想」と呼ばれることの多い論説なりその背景にあるものの考え方については、そろそろ右だ、左だ、リベラルだ、ナショナリズムだ、オーソドックスだ、ニューソートだと、あれやこれやの位置取りを示す言葉でものごとをプロットして済ませるようなことは終わりにした方がよい。少なくとも、右(右翼)とか左(左翼)という区別に実態も歴史的な正統性も社会科学的な正当性もないという指摘は、もう何十年も前から書かれてきたことであり、もはや現在においてはどちらも無知無教養で軽率かつ傲慢な人々の別名とすら言える。要はどちらにしても「バカ」の別称なのである。

更には、このところ普及してきた反知性主義やポピュリズムという概念も不適当なのであり、概してわれわれ凡人が首尾一貫した原理原則など維持しながら物事を認識したり思考できるわけがないのだから、まるで厳密な概念として特定の人物や集団で共有されているかのような、論証なり認知プロセスの体系が実在するかのように想定すること自体が間違いであり、端的に言えば特殊なサルについての非科学的な偏見にすぎない。

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