Scribble at 2024-08-25 09:44:58 Last modified: 2024-08-25 11:03:53
たまに昔の活動地域や住んでいた場所を Google Maps で眺めていたりする。とにかく当家は転居が多かった一家で、東京で両親が結婚してから大阪へ戻ってくると、それからは大阪市の天王寺区、八尾市の福万寺、大阪市の生野区、奈良県の王寺、東大阪市の菱屋西、東大阪市の新池島町と移って、後は僕だけで祖母の実家がある大阪市生野区(現在は父親が住んでいる)、大阪市天王寺区へ住んで、高校を卒業した後に東京で出版社に勤めていた頃は板橋区の西台という駅の近くに住んでいた。上の地図では上端にあたり、北へ歩くと荒川、西へ歩くと高島平や和光市になる。
西台に住んでいた当時は、さほど出歩いていたわけではないので、あまり土地勘は会得できていない。なので、さきほど地図を見ていて驚いたのだが、僕はずっと高島平団地というのは都営三田線の北側にあると思っていたのだけれど、実際には南側に分布していることに気づかなかった。あっちには、高島平図書館へ一度だけ行っただけで殆ど足を向けなかったから、地図でも見ない限りは分からない。
それから、僕が勤めていた「株式会社デジタルネットワーク」という小さな出版社は、もちろん僕が在籍していたときに事業が継続できなくなって解散した会社なので、もう存在しない。たぶん当時の社長(音楽の友社の副社長だった)は亡くなっているとは思うし、編集長や副編集長も僕より15歳ていどは上だったろうから、70歳近くになっているだろう。そして、当時の会社が入居していたテナント・ビルも神田神保町の所在地で確認すると存在していないようだ。いまは同じ所在地には「集英社アネックスビル」が立っている。ちなみに、隣のビルには Movable Type を開発・販売している Six Apart があるようだ。
そして、こうして付近の様子を眺めると、僕が働いていた頃に感じたのと違って、街としてのスケールが非常に狭いという印象がある。そして、実は同じ印象を秋葉原という街を Google Maps で眺めていても感じる。やはり自分が興味を持っていたり、あるいは現地で働いていたという事情があると、狭い区域の細かい事柄について知る必要があったり興味をもったりするので、どうしても実際の区域の規模よりもスケール感を錯覚として抱いてしまうのだろう。正直、いまこうして地図で区域のスケールを確認すると、秋葉原でも大阪の日本橋とさほど店が展開している範囲のスケールが変わらないように見える。繁華街の基準として、山手線と大阪環状線とではカバーしている区域の面積に倍以上の差(63平方km vs. 30平方km)があるのに、個々のスポットでは大して差がないのだ。ということは、東京と大阪ではスポットのスケールよりも、その量が東京は圧倒的に多いということに違いがあるのだろう。そらそうだ。東京には梅田のようなスポットが渋谷だ、青山だ、池袋だ、品川だ、八重洲だと、いくつもあるのだから。