Scribble at 2024-08-17 12:37:19 Last modified: 2024-08-18 18:06:46
今週は有休や夏季休暇を使って、水曜日から明日の日曜日まではお盆休みとしていた。どのみち社員の多くも休んでるし、クライアントや取引先も休みである。それに受託の部長ではないから、口先だけの「ワークライフバランス」と称する上場企業や大企業や広告代理店から彼らのバランスを保つための「夏休みの宿題」を仰せつかり、お盆のあいだに死ぬほど働かされるなんてバカな境遇からも逃れている(ていうか、それさせるなら特別料金くらい請求するのが商売人の基本だと思うんだけどね。何でもかんでも無償奉仕するのが「サービス」だと思ってるから、結局はウェブ制作や DTP やイベント設営なんて事業は儲からないんだよな)。
そんなわけで、以前から書いていたように幾つかの課題をこなそうとしたのだが、あいにく今週は大地震に備えるという大きな緊急の課題が出たので、備蓄品を点検したり揃えたりと落ち着かない日々を送っていた。なので、予定していた山畑古墳群のサイトも手を付けていないし、他の課題図書も読み進められていないわけである。ただ、その中でも、心斎橋の BOOKOFF で見つけたタイラー・コーエンの『大格差』を読んで、関連する著作が他にも二冊出ていることを知って、急いで古本をアマゾンで買い揃えて、この休みのあいだに三冊とも読了できた。これはこれで一つの収穫だと言える。なにせ、コーエンは当サイトでは何度も「人でなしの発想」とか「サイコパス思想」だと非難してきた、リバタリアンの一人、あるいはアメリカの代表的論客の一人だからだ(ただし保守派のリバタリアンだが)。
これら三部作は、まとめて批評する機会があるかもしれないが、ひとまずノートに書き留めておいた内容を元に色々と確認すべき点や賛同できる点(リバタリアンの主張でも、もちろん全てがデタラメで愚劣な議論というわけではない)に再考の余地がないかどうか点検することから始めたい。ただ、概括して言うと、僕のような保守の人間から見ても彼の主張、たとえばインターネットの影響を低く見積もっていることなどは、ネット・ベンチャーの技術部長としても賛同できる。インターネットで世界を変える、みたいなアホくさいスローガンを掲げているベンチャーの役職者としては(コミットメントというメンタルな理由で)問題があるのかもしれないが、世界を変えるのはインターネットを享受してるだけのユーザ(あるいはインターネット利用企業)ではなく、インターネットを作り上げた理論、それからインターネットを構築したり維持している制度や技術だと思っている。たかがユーザや利用事業者が世界を変えるなんてありえない。確かに、ゲームやアプリをつくって億万長者になる人はたくさんいるであろうが、悪いけど世界規模のゲームがいくつあろうと、そんなものは絶対に世界を変革しない。アプリのせいで結婚する人やテロを引き起こす人々が何億人いようと、そんなことで世界は本質的に良くなったり悪くなることはないのである。なので、そういう人々はインターネットで「世界が変わる」だのなんのと、それこそセカイ系の妄想に浸るのではなく、もっと単純に金儲けできただの、マッチング・アプリで結婚できただのと言えばいいのだ。そして、それはそれだけのことだと身の程を知ることである。タイラー・コーエンが危機感を抱き、そして忠告しているのは、そういう誇大妄想のことなのだ。
インターネットを支える制度や技術が世界を変えるという表現は、どちらかと言えば遅延指標としての変化を指していると言えるだろう。つまり、インターネットを支える制度が安定して発展するというのは、つまるところインターネットを不正に操作したり遮断するような政府が少なくなるという意味だからだ。ご承知のように、中国、ロシア、北朝鮮などの国では、外部との通信は政府が管理し監視している。こういうのは、インターネットの理想から言えば不愉快な制度や技術であり、こういうことをやる国が少なくなる(もちろんアメリカやイギリスだって監視はしているわけだが)ことという国家や社会の仕組みの変化こそが重要なのであって、その末に誰もがインターネットを(いくらかの元手は必要だが)自由に使えるようになるのである。