Scribble at 2024-05-16 13:07:37 Last modified: 2024-05-16 19:48:05

MD では、場合の数と組合せに続いて、そろそろ対数についての解説を掲載しようと思う。高校時代から、この対数というのがどうも苦手で、なんでこんな「人為的なもの」が数学の宇宙にあるのかという不純なものを感じていた。つまり、「2の3乗は8」ということはいいとしても、「2の何乗が8なのか」なんてことがどうして数学のテーマになるのかという不愉快さがあったわけだ。いまとなっては子供らしい暴論だったと思うが、「計算して8だと答えがわかってりゃ、それが2の何乗なのかなんて議論はどうだっていいではないか。計算とは結果が全てなのだ。8という答えを手にしたら、そこから先にどんどん進んで成果を出すのが科学者や技術者であろう」という発想である。つまり、簡単に言えば指数というのは数学の世界の存在ではなく、8という答えを知らないがために暫定的に扱っているだけの「愚かな人類専用の道具」にすぎないというわけである。なぜなら、2や8は「数」だが、指数の「3」は「3乗」つまり人が8という答えを知らないがゆえに計算しなくてはならないときの便宜的な「掛け算の回数」を表しており、人が宇宙に存在しておらず、つまりは「計算する」なんて操作が不要であったらなくてもよかった概念だと思えるからだ。指数は、数学の世界においては不純物ではないのか?

・・・とまぁ、奇妙な思考をしていたことがあって、こういうことも含めて、なんだか対数というのは分かりにくいなと思う(一部の)人の感触に迫りたいという気はしている。あと、計算の結果は指数なのに、それを表現している場合は「(真数に「対する」)対数」と呼んでるのもややこしいよな。

僕は、この場合も数学の教育に原因があると思っている。対数がわかりにくいのは、要するに指数の計算を前提に説明してしまうからなのだ。指数だと、「2の3乗は…」という具合に、^^2^{3} = 8^^ の左辺だけで計算できる。でも、対数だと「2の何乗かが8であるときの何乗」という具合に、^^2^{3} = 8^^ という指数の計算を前提にしてしまっていて、それゆえ左辺だけでは計算できない変なものという印象が残るのだ。よって、たぶん対数を導入する説明において ^^log_{10}100 = 2^^ のような式を使うのは良くないんじゃないかと思う。その代わりにどうやるかは、記事を書くときの課題にしたい。

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