2022年07月13日に初出の投稿

Last modified: 2022-07-13

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和歌文学研究

小関清明氏の公開講演をもとにした「鹿持雅澄の『幡多日記』について」という記録が『和歌文学研究』(第26号、和歌文学会、1970)という学会誌に掲載されている。もちろん『鹿持雅澄研究』にも、その文章を元にした「『幡多日記』を読む」という論説が収められている。だが、どのていどの違いがあるのかは分からないので、目を通してみる価値はあろう。そこで、名古屋市の岩野書店から取り寄せてみた。さっそく目を通してみると、『鹿持雅澄研究』へ収めるにあたり、小関氏が細かく手を加えた様子が分かる。表記については、冊子体として一書の体裁となっている著作物はすべて現代の表記方針に照らして二重括弧で囲むように全て訂正されているし、地名の表記も幾つか改められている。また、「未婚の青年」を「独身の青年」と改めているような訂正もある。確かに、この時代は結婚しても何らかの理由で早々に離縁することもあり、幡多郡へ旅した27歳当時の雅澄に短期間でも婚姻歴がなかったどうかは確たることが言えない。そう考えたら、婚姻歴について示唆する「未婚」という言葉を使わずに「独身」と書き直すのは誠に正しく正確な叙述の方針というものだ。

なお、Twitter やブログ記事などで荒川という人物が「土佐藩には『7回離婚することは許さない』という禁止令があった」と色々なメディアに書き続けていて、現在もこのフレーズだけが他人のブログ記事で使いまわされているようだが、誰もそのソースを書かないのが無知無教養の(というか、そのテーマに本当は何の興味もないのに、自分の宣伝したり訴えたいことの道具としてだけ他人の発言や記述をコピペしているのが見え見えの)自己紹介を見ているようで微笑ましい。そもそも土佐藩時代の法制史料を集めた『憲章簿』にすら収録されていない特殊な土佐藩の掟があったとして、元広告屋という伝手だけでものを書いてるような、歴史学の学位もなければ古文書の崩し字すら読めないと思われる人間が、どうやって知るというのか。試しに「土佐藩 掟 離縁」とか色々とキーワードを工夫して検索してみるといいが、こんなこと言ってるのは、この荒川という人物だけなのだ。それ以外のウェブ・ページやツイートは、結局この人物の記事を引き写しているだけである。

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