Scribble at 2025-06-26 17:09:43 Last modified: 2025-06-26 17:19:55
原告側の「AIをトレーニングすれば自分たちの作品と競合する作品が大量に生み出され、市場が損なわれる」という主張に対しては、「それは子どもたちに文章の書き方を教えれば将来の競合作家が増える、と文句を言うのと何ら変わりない。これは著作権法が懸念するような競争的あるいは創造的な置換ではない。著作権法は作者を競争から保護するものではなく、独創的な著作物の進歩を目的としているからである」とアルサップ判事は述べています。
妥当な判決だと思うね。なんで人が「学習」するのは良くて、機械が「学習」すると犯罪者扱いなんだよ。こういう事案に一も二もなく食って掛かるナオミ・クラインみたいな左翼物書きの能書きなんてどうでもいいんで、こういうことは日本もさっさと著作権法の文化庁による正式な解釈を公表して、機械学習のトレーニングやチューニングは著作物の正当な利用であると認めるべきだよ。そこから、ラノベを吐き出そうとスケベな画像を吐き出そうと PHP のコードを吐き出そうと、あるいは学術論文を吐き出そうと、そんなことは著作権者の権益と何の関係もないことであって、せいぜい利用させてもらった事実を明示して感謝すればいい。でも、具体的にどういうプロンプトや設定で、誰の著作物が反映されるのかを生成 AI のユーザが具体的かつ決定論的に指定したり固定することはできないというのが、拡散モデルなり深層学習の仕組みだ。なので、感謝するにしても誰それと氏名や組織を書くわけにはいかないと思う。結局、昔から言われているように「巨人の肩」へ乗っている謙虚さや責任を各人がもつかどうかにかかってくるだろう。
上の判決で明快に述べられているように、日本においても著作権法というのは無能なイラストレータやデザイナーを保護するための法令ではないのだ。市場に普及してから2年しか経過していない生成 AI に負けるような人は、そもそもクリエイターの資格がないんだよ。クライアントや一般人が判断力や審美眼をもっていないから自分の才能が過小評価されると危惧するなら、それを説得するのは圧倒的な画力とかクォリティとかプレゼンといったパフォーマンスの力なのであって、そういう力がないことをテクノロジーのせいにするやつは、そもそも美術というのはテクノロジーとともに発達してきたという圧倒的で長い歴史的な事実があるのだし、やはりそういう歴史の中に埋もれる凡人ということなのだ。