Scribble at 2024-12-24 09:59:58 Last modified: 2024-12-24 10:00:39

NHK のニューズ番組を観ていても感じることなのだが、どうして「時刻」のことを「時間」と言う人がいまだに多いのだろうか。「さきほど気温が1度になる時間もありました」などと言っているが、それは具体的に朝の6時といった時刻のことを指していて、「時間」として言い表せる一定の時間経過を予想させるような状況を指しているわけではあるまい。

これに始まって、多くの場合にも「時間わかりますか?」などと人に尋ねたりする人が多くいて、僕はこういう質問をされると趣旨が分からなくて 0.2 秒ほど躊躇してしまう・・・が、現実にはすぐに時刻のことだと割り切って「13時5分ですよ」と答える。もちろん、人や状況によっては「1時を過ぎたところです」と曖昧な答え方をする場合もある。

もちろんだが、これは認知言語学の応用としてしかるべき原因があるとも考えられる。数直線上の点としてイメージできる時刻と、数直線上の或る幅をもつ線分としてイメージできる時間とを区別せずに、どちらも「時間」と表現してしまえる認知構造とか発話条件というものもありえるだろう。それだけ、「時刻」よりも「時間」の方が意味合いとして緩やかなのだろうとは思う。でも、僕は個人の感想として言えば気味悪いので、僕自身は区別し続けるだろう。もちろん、こういうこだわりが発達障害のようなスペクトラムで表せる指標のどこにあたるのかは分からないが、人によってはこのようなこだわりを気味悪いと感じる場合だってあろう。(言っちゃ悪いが、教育レベルの低い人に多いという印象がある。こういう人たちは、単純に語彙が少ないだけではなく、そもそもそれに対応する概念や経験も少ないからだ。)

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