Scribble at 2022-10-30 09:53:26 Last modified: 2022-10-30 10:29:40

図書館から借りてきた『日が暮れてから道は始まる』(足立巻一、編集工房ノア、1987)を読んでいる。かなり前に借りようとした機会はあったのだが、以前は先に借りている人がいたので読めなかったからだ。ようやく借りて読み進めると、足立巻一氏の死生観が描かれている箇所に目が留まったり、あるいは中盤で紹介される何人かの詩人の逸話が丁寧に描かれていたり、なかなか読み応えはある。

その中で、高見清二という人物を紹介している文があり、この人物もまた菓子屋の営業マンやらぜんざい屋やら女性を旅館や風俗に紹介するブローカーやらと色々な遍歴があるらしく、途中で大阪府は堺市の北野田という土地でも飲食店を営んでいたらしい。堺の北野田には織田作之助が住んでいて来客の一人だったという。ここを初めて読んだときは北野田という地名を知らなかったので Google Maps で該当する地域を調べてみると、そこは堺の東側に広がる丘陵地帯の中にあり、すぐ南には狭山池という大きな池がある。そして、「大阪の作家」と呼ばれるので市内に住んでいたものと思っていた織田作之助が、郊外…というよりも僕の感覚では辺鄙な田舎町に住んでいたのが意外だった。文芸作家というステレオタイプのせいもあろうか、大阪市内の小さな借家とかに住んでいたものと思ったが、そうでもなかったらしい。ただ、そうは言っても織田作之助は実質10年くらいしか活動できずに結核で亡くなったのだから、北野田に住んでいたとは言っても5年くらいの話であったろう(晩年には大阪が空襲に遭って、彼も京都へ移っている)。なお、最近は彼の墓があるという天王寺区の楞厳寺という寺の前を通って歩くことがある。

そして、いま現在の地図を見て少し驚いたのが、その北野田の南にある狭山池の姿が僕の記憶とは違っていたことだった。狭山池と言えば、敬愛する考古学者の森浩一先生が師事した(しかし一時は対立した)末永雅雄氏という考古学者の先祖がかかわった場所であり、小学生の頃は狭山池と聞けば末永氏を連想していたのだが、具体的な関心はなかったので形状も覚えていなかったのだろう。僕は子供のころからフリーハンドで日本地図を描ける程度には形を記憶できたので、これだけ記憶と違うなら、ぜんぜん興味がなかったということだ。かつて考古学者を志望した身分でありながら狭山池のおおよその形状すら記憶していないとは、お恥ずかしながら泉下の末永氏には申し訳のない無知無教養であった。

この『日が暮れてから道は始まる』には、他にも兵庫県丹波篠山市は今田町本庄(本荘という表記もある)に住んでいた畠中藤次郎氏という人物など、いろいろな場所や土地に生きる詩人が紹介されていて興味深い。こういう人たちの事績を少しずつ紹介することにも、社会学者がよくやる暇潰しみたいな部落や釜ヶ崎や障碍者団体や AV 業界のフィールドワークとは違って、何ほどかの効用があるのだろう。

僕は、PHILSCI.INFO というサイトでは何度か書いたことがあるのだけれど、やたらと「市井の哲学」だの「波止場の哲学者」だの、あるいは最近の流行で言えば「独立研究者」だといった、professionalism やアカデミズムとの比較対照という相対的な関係を基準にする自意識とかアイデンティティでもって学術研究や思想にかかわろうとするのは、端的に言って良くないと言ってきた。誰かに好かれたいとか評価してほしいから哲学をやるんですか、というわけだ。しょせん、人は哲学なんてやってもやらなくても死ぬし、さらに言えば、僕が思うに人類なんて哲学どころか文明の進展を続けようと続けまいと数千年後には何らかの原因で死滅していてもおかしくないと思うし、究極的には人が何をやろうと、宇宙論の有力な学説に従えば数千億年後には宇宙そのものが終焉すると言われる。何をやっても、宇宙論的なスケールで言えば結果はおそらく同じである。なのに、なんで人は哲学するのか。少しは、このように中学生でも考えることがあるような問いについて、ジョークの哲学だ、科学的実在論だ、ドーナツだ、なめらかななんとかだ、マトリクスだ、エロ漫画だ、勉強だ、小平の高速道路だ、(しょーもないレベルで議論されてる)進化論だ、ワインだ、大衆演劇だと、しょせんは刹那的としか言いようがない話題にうつつを抜かした駄本を手掛ける暇があったら、分析哲学や現象学のプロパーは、上記で紹介した人々、つまりは「市井」とか「在野」なんて自意識がかけらもない人々に学んでみてはどうか。

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