Scribble at 2026-09-06 11:56:19 Last modified: 2026-09-06 12:15:23
既に10年以上も前の討論であり、現在は更に多くの論点が出ていて、個々の論点についても議論が進展しているとは思うのだが、いまだに彼らの議論を超える魅力的な内容の著作物は見たことがない。ましてや、アジアの辺境国家で毎月のように出版されている「情報」だの「AI」だのとタイトルにナウいフレーズをちりばめた、無能どもが書き殴るゴミのような自称哲学書とか通俗本の類は書店で頻繁に見かけるが、およそ手に取る必要を感じるものはない。大学院の博士課程に進むような学識をもつと、背表紙を0.2秒ほど見るだけで、買い求めるどころか棚から引き出して手に取って中身を確かめる価値があるかどうかすら判断できる超能力のようなものが身に着くのだ。これは、別名では「偏見」とか「傲慢」とも言いうるが、学識を得るということは、そういう断定にコミットメントするだけの、まずもって自分自身の知性に対する責任を引き受けられるだけの自信をもつということなのである。というわけなので、日本人なんかの書いた、ドゥルーズやフッサールらの名前を振り回すだけのカスとしか言いようがない「AI の哲学」みたいな文章を読むくらいなら、有能な高校生の諸君は上の討論を動画でも transcript でもいいから活用することをお勧めする。
ただ、上の討論でも鍵になっているのは、やはり multiple realizability に関連する論点だ。特に、マッシモ・ピグリウーチはヒトの認知能力、とりわけ知性と呼ばれるものについて、コンピュータ・サイエンスのハードウェアとソフトウェアという対比なり概念を当てはめて適切に議論できる確信がないと言い続けている。これなどは multiple realizability についての疑問と言ってよい。そして、僕も(科学哲学者だからというだけの理由ではなく)彼と同じ意見だ。ChatGPT の最新版が何か楽しいお話をしてくれて、その推論プロセスを僕らが画面で表示できるとしても、そこで展開されるログが僕らの脳で起きている認知プロセスや思考と、ハードウェアは異なっていてもソフトウェアとして同等であると言いうる根拠は全くないと思う。なぜなら、そもそも何をもってして「同等」なのかという条件が分からないからだ。しばしば、未熟な機能主義者は「シミュレート」という言葉を濫用するわけだが、上の討論でも語られているように、将棋をシミュレートできるからといって将棋ソフトに知性があると信じる根拠も証拠もないのである。それは、単に表面的な「駒を人がやるように動かす」という結果なり行動が似ているだけのことだ。そして、ここでは何度か書いたように、こういうチューリング・テストは知能があるかどうかの証明なのではなく、こういう条件でしか知能があるかどうかを測れないという、まさしく現段階における人類の知性の未熟さをチューリングが指摘するためのストーリーであるということを理解しなくてはいけない。
そして、決定的なのは次の一言だ。
"But I'm not sure what it means to look at a simulated brain. What do you mean by simulating a brain? Do you mean something different from simulating the process of photosynthesis, and if so, what?"(しかし、シミュレートされた脳を「覗き込む」ということが何を意味するのか、私にはよく分かりません。脳をシミュレートするとはどういう意味ですか? それは光合成のプロセスをシミュレートするのとは違う何かを意味しているのですか? もしそうなら、それは何ですか?)
電気化学的な反応をモニタリングして比較するだけでは、異なる基質に意識があると認めるには不十分だと思う。僕はクオリア信者ではないし、現象学者のようなセンチメンタリストや肉体フェチでもないが(竹尾先生の弟子だけあって現象学者には辛辣なことを言っているように見えるかもしれないが、これはこれで別の思想として許容はしている。人には性癖というものがあるからだ)、いまのところは理論的にこうとしか言えないというのが僕の意見だ。したがって、何らかの条件が揃えば、タチコマ(『攻殻機動隊』)だとかヤチヨ(『アポカリプスホテル』)とか 2B(『NieR:Automata』)にも意識があると、僕ら自身が認めたり、それどころか実感できるようになるかもしれない。その可能性は否定しない。実は、僕は子供の頃から植物に意識を認めたいという直感があるからだ。でも、そういうファンタジーに近い願望は、僕自身の哲学者としてのスタンスとは切り離すべきだろう。