Scribble at 2024-08-14 11:36:38 Last modified: 2024-08-14 16:20:05

PHILSCI.INFO では何度か取り上げた話題だが、いま『論語』を丁寧に読むという、或る種の修行みたいなことをやっている。人文系の学問を大学で修める場合は誰でも経験することだが、古典的な著作を丁寧に読むという経験から得るものは、それなりに多い。体系的な思考を緻密に構成したり議論として積み上げるモデル・ケースとして参考になるというのが最も価値のある経験だろう。逆に言えば、そういう参考にできる著作物が「古典」と呼ばれるのである。僕は出身学部が法学部であるため、そういう経験を大学の演習としては経ていないわけなのだが(法学部の専門課程の演習は、古典の購読よりも判例研究つまりケース・スタディが多い)、大学の履修科目とは関係なくデイヴィッド・ヒュームの『人間本性論』(通称 Treatise)を丁寧に読んで、そして法学部の学生ではあったが「ヒュームの関係概念」という論説を事実上の卒論として作成した。僕が所属していた大学の法学部は、そもそも大学の法学部には多い傾向なのだが、卒論という制度がないのである。よって、それは大学に提出した正式な卒業論文ではなく、卒論の代わりとしてワープロで出力して、当時は僕が主催していた同人誌に収録した。そして、関大大学の大学院を受験したときは、その同人誌を指導教官である竹尾治一郎先生に提出したわけである。

古典を丁寧に読む経験は学科の違いによらず得るものがあると思う。たとえば量子力学を専攻していても、ボームやアインシュタインの論文を丁寧に読むことは何らかのアイデアをもらたしてくれる可能性があるかもしれないし、そもそも具体的な効用とか成果に結びつかなくても、そういう寄り道をする(できる)のが学部時代の勉強というものなのだ。現に、そういう寄り道をしているかどうかが後の業績や成果を出すに当たって間接的な影響があったという事例は多々ある。現在は分からないが、古い時代にノベール賞を受けた人々の多くが、たとえば湯川秀樹や朝永振一郎などにしても漢籍を読んだり浄瑠璃に造形が深いといった事例があって、もちろんそれらの見識から直に物理学の理論が出てくるわけはないが、無関係でもなかろうと思う。

さて、もちろん僕は哲学や物理学の新しい理論を考案するために『論語』を読もうなんていうスケベ根性はないわけだが、しかし何らかの新しい発想を得たいという動機はある。そこでノートを取りながら丁寧に何冊かの注釈書を比べながら読み進めている。そして、実はここでやっと本題に入るのだが、少し自分としてはチャレンジングなスタイルとして、漢文を横書きでノートへ写している。もちろん横書きだと漢文の授業で教わるレ点などが視覚的・直感的に不自然な体裁に「見える」ため、敢えて読み下し用の補助的な記号を省いて写している。これは、たとえば吉川幸次郎氏のように「日本の読み下し文(古文)としての漢文」ではなく、「中国の古文としての漢文」を読むというスタンスを推奨している人の趣旨にも通じていると思う。読み下しは、漢文の下に読み下した日本文を書けばいいだけであり、横書きでは元の漢文には記号をつけなくてもいい。現に、いま中国で暮らしている人々にしても、縦書きと横書きのどちらでも読み書きしているわけである。読み下し文として「戻って読む」という習慣に固執しなくてもよいわけだ。もちろん、これは英語でも「先頭から訳せ」などと言われることがあるように、日本語に直すと不自然な表現になってしまう場合もあろうが、僕が作っているノートでは読み下し文を下に書いているのだから、そこは特にどちらがいいとか悪いなどとは思っていない。単純に、横書きで漢文を書こうとすると読み下し用の記号の配置に違和感があるというだけだ。でも、そうすることによって(なにも「中国語としての漢文」を読めるようになるわけではないし、ましてや正確あるいはよく読めるようになるという保証もないわけだが)、もともと漢文として表記され読まれてきた様子をうかがえるのは、素人目にも良いことだと思う。実際、あの「しからずんば」とか「すべからく~べし」みたいな、いまの日本語としても違和感を覚えずにはいられない読み下し用の表現というものは、あまりそれを日本語話者として不問あるいは当然のように扱うのもどうかという気がしている。

実際、読み下し用の記号を使って漢文を収録している注釈書も多いが、昨日の夜に会社から帰宅する途中で購入した土田健次郎氏の『論語』(ちくま学芸文庫、2023)でも、漢文は原文のまま句読点しか付いておらず、その後に読み下し文が続く。ただし、原文の文字サイズが異様に小さいのは困る。老眼の者にとってはなおさらだが、9ポイント以下の文字を、注釈ならともかく本文に使われると、やはり原文の表記を軽視しているように思えてしまう。

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