2018年09月05日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-05

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上の写真は検索で見つけたウォーゲームの様子だ。盤面の右に印刷された文字から、GDW の『第三次世界大戦』(1984) であることが分かる。こういう未来を舞台にしたゲームは評価が難しいので殆どコメントできない。けれど、いわゆる「歴史もの」については、僕は良いウォーゲームとは、史実通りに選択でき、だいたい史実通りの結果になるようなシステム(ルール)とシナリオ(初期条件や限定ルール)が用意されていることが条件だと思っている。たとえば、史実としてドイツ軍がしかじかの行動をとったことが分かっているときに、ゲームのルールや初期条件に従うと史実を反映する行動が原理的にとれないなどというゲームは、そもそもウォーゲームが原則として "simulation" であるという条件を満たしていない。もちろん、ゲームなので、色々な選択肢がありうるし、作戦行動の結果も多くのゲームではサイコロによって史実とは違う結果になりうる。それでも、ルールの範囲内で無理のない選択によってプレイすれば、おおむね史実と同じような結果に至る道筋があるということがシミュレーション・ゲームの基本であり、それゆえ(ゲームのルールやサイコロの結果にすぎなくても、自然な範囲において)条件や選択が違えばどうだったのかを推測できるのである。

更に言うと、ゲームのシステムとしてサイコロによって作戦行動(戦闘や索敵や移動等)の結果を出すことが多いと書いたが、これについても確率についてどう考えるかがゲームデザイナーの能力を分けるポイントになる。たとえば、サイコロを振って渡河が成功するかどうかを判定するという場合があり、川を渡るときの気象条件や水量などを考慮して結果を出すという、それなりに細かいシステムのゲームがある。そして、川が増水していて濁流が押し寄せているという条件で結果をサイコロに求めるとしよう(もちろん、そんな条件で行軍させるのは、一般論としては体力が無駄に消耗するし犠牲者も出るので間違いだ)。ここで、1~6の目の一つを「成功」に割り当てるようなゲームデザイナーは完全に無能であろう。もちろん、僅かな確率や何らかの幸運によって行軍は成功するかもしれない。しかし、その確率がいくらかあるからといって、その可能性をサイコロを1度だけ振って結果を出すときに設定できる最低の 1/6 に設定していいなどと考えるのは、馬鹿げているとしか言いようがない。1/6 以下の確率、しかも非常に僅かな確率しかないなら、それは一律に「失敗」として設定するのが正しいだろう。もちろん、シミュレーションの一つとして不合理な選択による結果を選んでもいいので、そういうルールにおいても川へ自軍を進めるのは自由である(もちろんルールによって自動的に一定の条件が揃えば渡河そのものを禁止してもいい)。

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