2018年09月05日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-05

近鉄布施の駅は小学校の頃から馴染みがあって、駅の南にある「ヒバリヤ書店」という東大阪市内では最大級の書店に立ち寄っていた。小学校の頃は『考古学ジャーナル』を取り寄せてもらい、あの雑誌は不定期に特集を組むと値段が3倍くらいにいきなり跳ね上がるので、小学生の小遣いでは引き取れない場合があって困った思い出がある。僕は、小学生としては恐らく多い方だと思うが 6,000 円くらいの小遣いをもらっていた(こういう半端な金額になっていた理由があったはずだが、忘れた)のだけれど、小遣いで参考書や運動靴などを調達しなくてはいけないため、それなりにやりくりしないといけなかった。『考古学ジャーナル』は、通常でも 50 ページていどで 1,200 円くらいの非常に割高な雑誌だったが、何かの特集が急に組まれたり何かの特別号が発行されると、書店でいきなり 3,000 円だと言われることがあったのだ。もちろん、掲載されている論文を小学生が何の予備知識も勉強せずに読めるわけがないのだから、あくまでも学術研究の様子を眺めたり雰囲気に浸ったり用語の扱いに慣れるという、かなりプリミティブと言っていい効用しかなかっただろう。贅沢な話ではあるし、その贅沢さを反省する気は全くないが、恵まれた境遇にある者は一定の責任や義務を負うという noblesse oblige の気概みたいなものは持ち合わせていたので、それなりに歴史や考古学の勉強はしたし、将来は森(浩一)先生のところで学ばせてもらい、いわゆる settlement archaeology というアプローチを国内で確立しようと思っていた。(不勉強な)考古学プロパーの中には、森先生のところで自然科学のアプローチを使う settlement archaeology なんて勉強できるのかと思う人はいるかもしれないが、森先生(そして同じく考古学での恩師である瀬川芳則先生)は文献史学や文化人類学や古生物学など文理の区別なく色々なアプローチを採り入れることに理解があり、寧ろ推奨さえしていた。この settlement archaeology というのは、いまでも英語版 Wikipedia にすら単独の項目がないほどマイナーな分野であり、僕が初めて知ったのは、確か江上波夫さんと森先生が編集された『考古学ゼミナール』(山川出版社、1976)だったと思うが、環境考古学などと共に、まだまだこれからの分野だ。

そういや、もともと布施駅前が様変わりしたという話を書こうとしていたのだった(笑)。

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