Scribble at 2024-12-08 23:32:23 Last modified: unmodified

ただいま、自民党議員の報告などにもとづいて露見した一連の不正や無知による献金やら「キックバック」やらの話により、そろそろ企業献金を禁止しようという法案が野党から出されると報じられている。まず、企業は法人という独立した法的人格をもつ主体として自然人とは別個に認められており、その法人が政党に献金するというのは、いまのところ自由な企業活動(要するに契約を交わしたり定款にもとづく事業を営むようなことと同種の活動)の範囲として容認されているという。しかし、ごく常識的に考えると、政治家個人や政党への献金が企業活動であるからには、その見返りなり想定される利益というものがなくてはいけない。たとえボランティアや慈善事業であっても、そこには CSR(企業としての社会的な責任)とかブランディングとかの目論見がなくては、そもそも活動するにあたって社員(この場合は株主などの出資者であり従業員という意味ではない)を説得できないであろう。となると、政治家や政党への献金に期待する見返りというのは、明らかに自社あるいは自社が営む事業を包括する産業や業界に有利な政策を採用し実施・施行してもらうことでしかない。よって、企業献金というものは公にであろうと、あるいは越後屋の座敷で「お主も悪よのう、かっかっかっ」とか言いながら袖の下として受け取ろうと、実質的に賄賂でしかありえないとも言いうる。したがって、ごく普通に考えたら企業献金なんて認めている現状の方がおかしいとは思う。

しかし、では個人が政党や政治家へ献金することは正当なのか。一見すると企業献金に比べて「推し活」のように見えて正当だと言いたくなるかもしれないが、僕はこれも不適切であり禁止するべきだと思っている。なぜなら、個人の献金を認めたら、このたびのアメリカ大統領選挙でイーロン・マスクが個人として設立した super PAC で知られるように、当たり前だが金持ちが莫大な献金をするからだ。これに対抗して、むかしから草の根だの手弁当だのと、自意識過剰なアプローチしかないと考えているらしい左翼の人々がいるわけだが、僕はこれは寧ろそういう「活動」をするプロ左翼のインチキな保身の理屈ではないかと思うんだよね。本来なら、出馬したり選挙運動や政治活動をするにあたって、大金持ちも貧乏人も同じコストで賄えるように、選挙運動の範囲を制限したり、選挙活動する範囲を制限することで公平さを実現するべきだろうと思う。逆に、そういうところを緩くしているからこそ、東京都知事選挙などに出てきた YouTube の広告収入や売名の目的で愚劣な活動をするバカどもなんかがプログラムのバグみたいなものとして出てくるわけである。

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