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6.566 / Spring 2024

MIT のコンピュータ・システム・セキュリティをテーマにしたコースのシラバスだ。冒頭の内容でお分かりのとおり、いきなり脅威モデルを議論していて、明らかに初心者向きではなく、所定のコースを履修した人を対象にしている。したがって、情報セキュリティに関する雑多な内容を漫然と議論しているように見えるかも知れないが、ちゃんと一定の範囲で MECE となるように配慮されていて、これはアメリカの高等教育界で "breadth and depth" と呼ばれているモデルに従っている。

ただ、そうは言っても議論なり概念の依存関係というものはあろうから、何の考えもなくデタラメに並べているわけではないのだろうが、少なくとも僕はこういうスタイルのシラバス設計で行われる授業は苦手だ。どれほど当人の意見に依存したり、妥当な根拠があるかどうか不確かではあっても、やはり講義のデザインとして何らかの体系性を仮定したうえで、初回から最終回までを一つの流れとして組み立ててもらう方が(内容についてはともかく、講義している当人の考え方が分かるという意味で)納得できる。

確かに、理数系の科目は特別な依存関係でトピックを結びつけたりせずに提示して、あとは学ぶ方の理解や体系化や応用に任せるほうがよいという意見もある。数学などは典型であって、線形代数学と解析学のどちらを先に教えるべきかについて決まった定説などないし、それどころか集合論と解析学のどちらが先かも決まっておらず、人によっては集合論なんてどうでもいいという人もいれば(計算できさえすればいいという工学系の教員に多い)、集合論なしには済ませられないという人もいる。なので、人によっては敢えて体系を一つの予断として与えないほうがいいと考えて、わざと雑多なトピックを散りばめたようなシラバスにすることもあり、これはこれで一つの見識だろう。だが、僕はそういうやりかたに付いてこれるのはハーヴァードの数学科の学生やフィールズ賞を受けるような一部の人たちだけだろうと思うんだよね。逃げも隠れもしない、数学において凡人以下の能力しか無いという自覚がある僕としては、そういう組み立て方の講義だけを聞かされても困惑させられる。数学の最大のケーパビリティが形式化や抽象化という情け容赦のなさにあるという点では大いに同意するし、当サイトでも数学は無味乾燥だからこそ強力なのだと力説しているけれど、だからといって学ぶときにそのままで学べる人は一部の有能な人たちだけであることにも変わりはない。だからこそ、当サイトで組み合わせ論について公開している論説などでも説明しているが、あるていどは納得して学べることが望ましいと思う。

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