2018年10月01日に初出の投稿

Last modified: 2018-10-01

近代ヨーロッパ以外の文化圏では、学問は人口の1%以下のエリートのための教養であり、そのほとんどは古典を解釈する文献学だった。今でも同世代の5%ぐらいには、そういう教養が必要だろう。問題は進学率が50%を超えた大学で、そんな高度な教養をすべての学生に教え込む必要があるのかということだ。

役に立たない文系の教育は必要か

このレトリックは卑怯だと思う。あなたはこれまで、理系が「上」で文系が「下」というヒエラルキーをばら撒いてきたのだから、なにをいまさら人文系にも配慮するような発言をしているのか。この宇宙から人文系の業績が消え失せても誰も困らないといった啖呵を切ってきた人間がこんなことを書くとは、困ったことだ。もちろん、僕は人文系のアプローチや成果が無意味だとは全く思っていないけれど、クラウスを始めとして哲学や人文学が「クソ」だと言ってのけるような人物も必要だと思っている。そういう、極端なコミットメントの個体が幾つかないと、面白い結果は生まれないと思うからだ。

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