Scribble at 2025-10-04 18:14:11 Last modified: 2025-10-05 13:26:19
最近の日本語辞書界の自主規制なのか、卑猥な単語が載っておらず編集方針にも触れらておらず辞書として片手落ちと感じます。
このレビューは、何かの冗談なのか。それとも本当に何の自覚もなくてレビューを書いてる、ただの馬鹿なのかな。
辞書のカスタマーレビューによくいる、自称「辞書マニア」とか辞書好きというやつに限って、義務教育を終えたかどうか怪しい日本語の文章を書くと相場が決まっている。知性や教養や学識というものは、辞書一つをアホみたいに舐め回して読むことだけで醸成できるものではない。そうやって積み上げた狭い情報の分量やディテールだけで何事かを成し遂げたと誤解するオタクには、結局のところ辞書について何事かを語る資格などないのだ。実際、こういう自称マニアや自称専門家や自称オタクに限って、その話題に関わる基礎的な知識の積み上げ、つまりは関連する学科の学位すらもっていないことが多い。そして、これは単なる学歴の問題ではない。なぜなら、僕らが「学歴の問題ではない」と言うときの意味は、「学歴はなくてもいい」という意味ではなく、学歴などあって当たり前であり、そこを超えて何かの成果や業績を上げたかどうかが問題だからだ。
いまさら指摘して話題にするのもバカバカしいが、僕らは保守の思想家として言葉狩りを支持している。したがって、たとえ上のレビューが皮肉として書かれたのであろうと、「片手落ち」などという言葉を使う正当あるいは妥当な理由などない。
そして、かような連中が、こういう言葉を使うことが一つの「伝統」だと言うとしてもである。それは、「伝統」の名において差別用語を口走るような連中には、たいてい何が日本語なり言語における伝統であるかを語るだけの学識がないし、そもそもそういう連中は自分が差別語の使われてきた伝統について厚顔無恥にも語っているという自覚すらないからだ。つまり、何が伝統であるかも知らず、そして自分たちが伝統だと言っていることの愚劣さにも思い当たらないような人間には、そもそも日本語として正しく「伝統」という言葉を使う能力や経験が欠落しているのであり、義務教育課程を改めて叩き込む必要があろう(実際、この手のインチキ伝統を口走る連中に限って、ヤクザやチンピラでなくとも、義務教育までの勉強をまともにやっていないような者が多いという人物像には違和感がないであろう。そして、それが今度は別の差別であるとしても、やはりそういう連中が小学校へ戻るべきであるという結論に変わりはないのである)。