Scribble at 2024-08-01 14:15:00 Last modified: unmodified
あのね、なんで昔からポスト・モダンの研究者が書く通俗本って、文学少女とかにしか売れてないかっていうと、簡単に言えば「俺は、あたしは、こんな凄い本を読んでる」っていうマウンティングなんだよね。彼らの視点とか、文体とか、立論とか、とにかく書いて出版してる情景そのものが、言葉の意味そのものの「スノッブ」と言うべきものなので、だから僕らのような見せかけのインチキに騙されない科学哲学者だけなく、そういうものに胡散臭さとか反感を覚えるような人たちには最初から無視されるんだよ。
とにかく、彼らは文字一つとっても「あたしはドゥルーズを読んでて、世界の真理を知ってるの」っていう、ドゥルーズが聞いたら腰を抜かすような頭の弱い連中がロール・モデルとして心酔しやすい雰囲気を漂わせてるんだよね。もう本のタイトルの最初に印刷された文字一つだけで、そういう異臭が漂ってくるんだよ。特に、僕のようなデザイナーというか、もともと出版業界にいた人間なら即座に分かる。装丁のデザイナーが、編集者や著者の意向を正しく反映してまともな仕事をしていれば、なおさら正確にそういう愚劣さを表現してしまうからだ。