Scribble at 2025-05-25 00:05:22 Last modified: 2025-05-25 09:09:50
馬淵本部長は、配偶者や子を皇族としない主張について、憲法24条2項が定める「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項」を取り上げて、女性皇族と配偶者との間に明確に差異を生ずるもので、配偶者の人権を侵害することになるのではないか、と述べました。また、この案の場合、配偶者が政党や宗教団体、営利企業を主宰するのも自由であることから、「女性皇族に皇族としての品位や政治的中立性に重大な影響を及ぼす可能性がある」とも指摘し、懸念を表明しました。
さきほど父がいる実家でニューズ番組の報道を観ていて、耳を疑うような印象を受けた。上の文章には出ていないが、ニューズ番組で紹介された立憲民主党の理屈を聴いていた限りでは、もし女性皇族の配偶者が皇族にならなければ、その人々は一般国民なのであるから、自分たちの生活を勝手に SNS で投稿したり、あるいは息子がタレント(もちろん吉本芸人やアダルト男優という可能性もあろう)になったりする可能性もあるわけで、そうなるといけない。それはまぁ、芸人や水商売が「賤業」であるという一般常識に照らせばそうだろう。でも、だから女性皇族の夫や子供も皇族にするのだという理屈は、僕に言わせればファシズムであって、日本の特殊な憲法(左翼の多くは優れた憲法だと思い込んでいるようだが、皇族についての規定を皇室典範に丸投げしている時点で、こんな憲法は、法学部出身者としても、あるいは哲学者としても、短期間の付け焼き刃で考案された異常で拙劣な法令文書だとしか思えないね)において成立しているにすぎない、国際的な常識に照らせば人権侵害であるとしか思えないんだよね。だって、女性皇族の旦那を皇族にすれば職業を選択する自由や移動の自由等々を制限できるから都合がいいと言ってるのと同じだぜ? これが人権侵害でなくてなんなのか。
僕が、この国の政治家や官僚が明治時代から、いやもっと昔からかもしれないが、左だろうと右だろうと、いやイデオロギーの違いは殆ど関係なしに、どいつもこいつも結局は他人を差配することしか考えていないファシストであるということに唖然とさせられるんだよね。とりわけ、いま国家官僚や地方の行政役人がこぞって応用したいとはりきってる「ナッヂ」にしても発想は同じだと思うけど、どうやって国民つまりは大勢の他人を自分たちが管理し、制御し、コントールするかということしか考えていないんだよな、こいつらは。僕に言わせれば、少なくとも官僚や役人については、「行政」というコンセプトを根本的に理解していないか、デタラメな理屈や理念や理論を教え込まれたまま仕事をしている東大暗記小僧のガラクタ AI みたいなやつらが官公庁や役場にひしめいているのであろう。