2021年04月29日に初出の投稿

Last modified: 2021-04-29

心理学の通俗本なら、どれか一冊には書いてあると思うのだが、なんで「ここぞ」というときに限って小便に行きたくなることがあるのだろう。しかも、我慢していたからか通常よりも出すのに時間がかかるほど大量の小便が出るため、結局は戻ってくるまでに時間がかかってイライラする。そして、「なんでヒトは生理反応を克服できないのか」と憤ったりする。たぶん肉体フェチの哲学青年たちなら、こういう小便とかウンコとかも〈活き活きとした〉経験として愛好しているのだろう。(ああ、これでは恩師の一人と同じで哲学用語を当てつけに使っているだけになる。でも、これは当てつけというよりも正確な記述にすぎないとしてスルーされる恐れもあるな・・・とか、更に皮肉を書くからいけないのだろうが。)

もちろん、心理学や生理学としての妥当な説明はできないが、そもそもそれまでに小便を我慢しているからいけないのだ。つまり、「ここぞ」というときに限って小便したくなるという不運に思える状況は、「ここぞ」というわけでもない、それまでの平凡な状況のあいだに便所へ行こうとしなかったせいなのだから、自分で原因を作っているのである。では、いつなら便所へ行ってもいい「平凡な状況」であり、いつが「ここぞ」というときなのか。恐らくは時刻が決まっているようなイベントであれば、それまでのあいだに時刻を忘れてしまわないよう、ふだんから何かをするたびに時刻を確認する習慣をつけたらよいだろう。

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