Scribble at 2018-08-08 17:02:08 Last modified: 2022-09-28 09:38:30

法令を一条か一項目ずつ、立法趣旨と目的から判例や施行規則なども含めて丁寧に説明している文書を逐条解説(コンメンタール)と言う。書物としては昔から発行されており、法学部の学生はもとより法曹も専門職用に出版されているコンメンタールを使う。オンラインでは殆どまともなものを見かけないが、もちろん無償でそういうものを提供するのは人的リソースという点から言っても難しいからだろうし、やはりここでも学術研究者や法曹は出版社との人間関係を維持するにあたって、おおっぴらにオープン・アクセス運動のようなものにコミットするわけにもいかないというのが実情だろう。それゆえ、オンラインで見かけるものは大多数が司法試験予備校の講師から素人まで、要するにアマチュアが書いたようなものばかりとなる。当然だが、法曹は言うに及ばず法学部の学生も、そんなものを読むくらいなら本物を買って読むので、そもそもアマチュアの解説などいちいち見ているわけがない。どれほどサイトに「間違った内容があればお気軽にご連絡ください」などと書いても無意味である。すると、困ったことに素人はコンメンタールの存在も知らなければ、法律の一つの解説に 5,000 円前後も払うつもりなどないわけで、自然とそういうオンラインのコンテンツを読むことになる。そして、分からなければ弁護士ドットコムや知恵袋で質問するというパターンが繰り返される。インターネットがあろうとなかろうと昔から似たような二重構造は維持されてきたのであり、この二重構造を無視して通俗書をばら撒いても、それを読む人が法学部生や法曹のレベルにまで進む動機付けにはならない。なぜなら、大多数の国民は法令のユーザもしくは規制対象なのであって、その是非や正確な解釈を正確かつ厳密かつ包括的に知る必要などないし、その動機もないからだ。

要するに、日本の出版社は制度や学術のユーザにとどまるしかない人々を対象に啓発しているにすぎず、そこから制度や学術のプロパーに進む人は、科学哲学にも言えることだが(僕自身も一例だ)、まったく別の経路をとる。有能であればあるほど、プロパーは啓蒙書なんて読んでいない。ノベール賞を受けた日本の科学者で若いころにブルーバックスを読んでた人なんて、高校の先輩である山中さんも含めて、実際のところ一人もいないはずだ。

僕が当サイトで予定している「高齢者の医療の確保に関する法律」の解説も、この法令の対象である高齢者や、該当者に関わる親族にとって必要な範囲を特に詳しく解説しようと思う。しかし、法学や医療を始めとする制度について関心をもつ人々にも参考になるような内容にもしたいし、そもそも当事者でなくても高校生が読んでもいいような内容にしたいという意欲がある。確かに、いまの高校生が読んでも、実際に高齢者となる頃には法令や制度は大きく変わっているかもしれない。しかし、法令の解説に含めておきたい社会保障や福祉にかかわる経済・社会思想という観点からの議論は(いや、僕の議論が間違っているとしても、少なくともそこで提示する論点や概念は)、何十年後であっても参考にできるようなものを目指している。

それにしても、幾つかのコンメンタールのサイトを見ているのだが、まず条文や解説が読み辛い。そして、親しみやすさを演出したいのか色を使って条文や解説などを囲んでいるのだが、書かれている文章を直感的に区別する根拠や説明がないので、どれが条文なのかはっきりしない。要するに、解説も素人ならページのデザインも素人というわけで、まともなのは引き写した条文だけということなのだが、実は条文を本当に正確にウェブページとして転記できているのかどうかすら怪しい。なぜなら、参照したサイトやデータベースや文献や六法全書等の典拠を書いていないからだ。もちろん法令には著作権などないわけだが、どこから引き写したのかという典拠表記は(読んでいる方が照会するために)必要である。

しかし、それ以前に酷いと思うのは、有斐閣を始めとする法律書を得意としている出版社が、このような福祉・社会保障関連の法律についてコンメンタールを全く出版していないという事実だ。「高齢者の医療の確保に関する法律」どころか、旧版の「老人保健法」ですら1冊も関連書を出していない。福祉関連の書籍を出している出版社と何か協約でも交わしているのか、見事に無視しているありさまだ。僕が当サイトで解説(「逐条」ではないと思うから、コンメンタールとは言わない)を公開しようと思ったのは、要するに僕自身がこのような現状にかなり腹を立てているからなのだ。

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