Scribble at 2024-10-15 13:11:19 Last modified: unmodified

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早稲田大を中退し、1971年に雑誌「遊」を創刊。「編集工学」を提唱し、87年に編集工学研究所を設立した。

松岡正剛さん死去 著述家

いっときは大学を中退して物書きになるなんてのは、都内の物書きや出版関係者あるいは芸能事務所との人間関係なくしては不可能とすら言える時代があったわけだが、いまやソーシャル・メディアとか「なろう」系の CGM サービスでいくらでもきっかけを作れるようになり、学歴は殆ど不問となりつつある。言ってみれば実力主義というわけで、有能な人は評価される公平な・・・と言いたいところだが、CGM サービスの reputation がマーケティングを組み込んだインチキであるという指摘も聞かれる昨今では、必ずしも若い人々の公平な評価だけでパブリシティが enhance されているとは限らないというところが、既存の出版業界であれ現行のオンライン・メディアであれ、どちらにしても胡散臭いところである。例の「なめらか社会」なんて、ちくま学芸文庫にエントリーされるような「現代の古典」と呼ばれるようになったわけだが、果たして IT 企業の経営者が学生時代に片手間で書いたような、見た目が数式だらけでナウいだけの文章を読んで、何か新しい成果を打ち立てた社会学者が一人でもいただろうか。いや、別に学術研究の成果でなくともいいが、自分自身が生きるにあたって参考にしたとか、同じく IT 企業の経営者として参考になったとか、そんな事例が一つでもあるとは思えないんだよね。科学哲学とロジックと社会学の素養をすべてもつ僕らのような研究者から見ると、「なめらか」って低レベルの数理社会学でしかないわけだし。

ともあれ、当サイトでも「編集工学おじさん」と呼んでいた人物は既に亡くなっていたという。別にフォロワーじゃないので、いつ亡くなってるかなんて気にしてないし調べるつもりもないから、別にこういう情報不足を恥じるつもりはない。だが、既に亡くなっているという前提は必要であろう。そういや、書店で本人以外が「編集工学」というフレーズを使って本を出していたのを見たことがあって、おお、さすがは都内の出版業界、ただの人間関係や伝手だけでエピゴーネンが本まで出版できるのかと皮肉な意味で関心した(というか呆れた)ものだったが、なるほどそういう事情があったのか。

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