Scribble at 2024-09-06 16:03:29 Last modified: 2024-09-06 16:09:53
僕は熱心な読者ではないものの、梅崎春生の作品をいくつか読んだり、あるいは三重県で小学校の校長をされていたという中井正義氏の評論集である『梅崎春生 ― 「桜島」から「幻化」への道程』(沖積舎、1986)を手元に置いている一人だ。そうした経緯で上のようなデタラメとしか言いようがない電子書籍を、いわば敢えて吊し上げさせてもらう。僕はつねつね書いているように、世の中なり社会なり世界というものは、わずかな人数の「悪者」が堕落させたり戦争を引き起こして荒廃させるのではなく、われわれ大多数の凡人こそが個々バラバラに少しずつ荒廃させるのだ。しかるに個々の人間には自覚もなければ責任感もなく、そしてそれを指摘しても殆ど実効性がないため、大多数の社会科学者は馬鹿でもない限り気づいていながら誰も何も書かない。まず、そんなことを指摘する本を書いても自分たちにとって耳が痛いか何らかの葛藤なり羞恥心を覚えるような本を凡人が自ら買うわけがなく、出版社も企画しないからだ。わざわざこういう主旨の本を出版するのは、どちらかと言えば「敢えて問う!」みたいな頑固親父的なスタンスを芸風にしているような右翼や左翼の馬鹿に本を書かせる類の、実はなんにも危機感を覚えていない編集者だ。よって、そんな連中が安っぽい正義観や原理原則だけでものを書いても「一発芸」に終わってしまう。そして、そういう文章を書く連中はおおよそ決まっているので、多くの読者にとっては予定調和であり、思想的なインパクトなどない。予定通りの読者が予定通りに購入して「はいはい、またこれね」と適当に品定めして終わりである。したがって、こういうことは予定調和として書くような物書きや大学教員などに任せてはいけないのであって、われわれのような凡人みずからが指摘したり批評しなくてはいけない。
ということで、この電子書籍に収録されている作品は、すべて著作権が失効していて「青空文庫」に収録されているため、編集し直して電子書籍にまとめたり販売しても法的に問題はない。だが、僕はこういうものは単純に青空文庫へリンクすればいいだけであり、特別な編集(論評を新しく追加するとか、詳しい注釈をつけるとか、それから改めて誤字脱字をチェックするとか)でもしないかぎり、たんにコピペしたものを販売するのは道義に反すると思う。また、そもそも「名作全集」などという奇怪な日本語を使っているのも、文学作品を編集する資格を疑わせるに十分だ。ロシアや北朝鮮の、外貨を稼ごうとしている工作員ではないのか?
それから、この手の肩書や団体名については多くの人々が頓着もしないし簡単に騙される傾向があるので注意しておくと、「梅崎春生文学研究会」なる団体は、恐らく存在しない。というか、こんなものは小学生が今日の放課後に自分で勝手に名乗ってもいいのである。よって、こんなものを名乗ったくらいで出版当事者が梅崎春生の作品について端的に知っているか読んだことがあるという保証にすらならないのだ。それに、「青空文庫」からコピペして電子書籍を作るだけなら、さきほどは半分くらい冗談で書いたが、それこそ日本語を理解していないロシア人や北朝鮮の工作員でもできる。