Scribble at 2024-09-07 10:54:30 Last modified: unmodified
行動経済学は、人の思考や思想、あるいは思潮と言えるようなスケールでもいいが、結局は多くの人々にインパクトを与えておらず、せいぜい新卒向けのクリシン教材とか NHK の科学バラエティみたいなもののネタにしかなっていない。その社会心理学的な分析は色々とできるとは思うが、煎じ詰めると簡単な話だと思う。それは、「そんなの最初からみんな分かってるよ」という反応しか呼び起こさない、あるいはそういう心理に回収されていくからなのだろう。
たとえば、「双曲割引」というコンセプトがある。NTT出版から『誘惑される意志』というタイトルで翻訳書も出ているが、実はそれ以降に双曲割引をテーマとした本は、翻訳だけでなく日本の物書きや研究者が書いた本ですら一冊も出版されていない。つまり、コンセプトとしては「面白い」ように見えるが、大して多くの人の思考や物事の見方を刷新するようなインパクトがないわけである。そして、その一つの理由と考えられるのは、こういう本で双曲割引の実例として語られる「2ヶ月後の支払いよりも今日の買い物」というケースなり判断が、人の思考の不合理を表しているという殆ど根拠のない思い込みから始まっていることにあると思う。
このような事例では、眼の前にある1万円の商品を買うという判断と、2ヶ月後の支払いとを比較しているらしい。そして、商品を買って得た便利さや楽しさと、支払いに伴う苦痛とを比較できるという、僕にはまともとは思えない心理学っぽい仮定を置いているようだ。しかし、僕らが物品を買うときに比較しているのは、「いま買う」ことと「2ヶ月後に買う」ことであろう。品物を買えば金を何ヶ月後だろうと買うときに支払うのであろうと、どのみち出費は避けられない。カード払いや分割払いによっていくらかの利息を過剰に払うとしても、それは最初から織り込み済みであって、そのようなことを「損」だと考えて商品を得ることによる「得」と直に比較できるというのは、単なる守銭奴の発想である。"priceless" とまで言うつもりはないが、多くの場合の買い物で「不合理」を指摘できるとすれば、それは支払いそのものではなく、自分の収入を超える支払い額となることがわからなくなったり、それでも構わないと無理をするような心理であろう。
「いま買う」ことと「2ヶ月後に買う」こととの比較において重要なのは、いま手に入れることで何が有利になるかという予測だったりするし、そして比較する期間が長くなればなるほど、物価の上昇も考慮しなくてはいけない。そして、僕が TMT を支持しているからという事情もあるが、誰であれ「将来」があるとは限らないという厳然たる事実も言える。いま手に入れることと1年後に手に入れることは、ステージ IV の癌に罹患している人にとっては問題外の比較になるだろう。
こうした議論からも分かるように、双曲割引の理屈は、馬鹿げているか、あるいはただの常識にすぎない。これでは人の思考にインパクトなど与えられない。