Scribble at 2022-05-01 21:14:29 Last modified: 2022-05-01 21:14:51
"laptop note takers’ tendency to transcribe lectures verbatim rather than processing information and reframing it in their own words is detrimental to learning."(ラップトップでノートを取る人は講義を逐語的に記録する傾向があって、それは自分の言葉で情報を組み立て直すようなプロセスではないので、学習にとって有害だ)などとまで言われる。
もちろん、こういう論文を読むまでもなく、僕が当サイトで書いてきたように、日本人に限らず CKJV(中国・韓国・日本・ベトナム)という IME を利用してパソコンで文章を作成する国々の人々は、IME などという設計そのものに欠陥があると言わざるをえないソフトウェアを使うしかないハンディキャップを負っているため、文章を作成したりデータを入力する処理において生産性に大きな問題を抱えている。しかも、それを殆どの人が自覚していないどころか「機関銃のような速さで文章を作る女子高生」をヒーローにしたてたり、しょせんはブームに過ぎなかった「ケータイ小説」などという暇潰しを文化呼ばわりまでしていたのだから、いまさら何をいわんやと思わざるをえない。
だからといってパソコンで学習するというアプローチが HCI として何の成果もないとか有害だとは思っていない。電子書籍にはそれに応じた効用や使い方があるし、ノートパソコンを大学生が使う意味もあろう。しかし、授業中にタイピストでもない学生が一言一句をタイプして記録するなど愚行でしかない。そもそもそんな必要があるなら、単に録画して transcript を自動で出力するアプリケーションでも使うか、なければないで録画した動画を早回しで観たらいいだけだ。早稲田速記の練習課題でもあるまいし、なんで各人がそれぞれ自分の手でタイプして記録する必要があろうか。君たちは大学生として無能であるどころか、授業を聞いて理解することも放棄したロボットにすら落ちぶれたのかね。