Scribble at 2022-08-19 08:07:32 Last modified: 2022-08-19 13:28:16

blonky says: _Why’s work led me to where I am. At a crucial time in my life I found _Why. That put me on a path to learning Ruby and then a whole bunch of steps now I have an actual job as a web developer. I work in Python, but I’m sure _Why won’t mind. Before I found _Why I wasn’t sure what to do with my career-life. He showed me that programming can be art and science.

Whytheluckystiff's original domain back as an archive (whytheluckystiff.net)

久しぶりに "_why" の名前をみかけたので、あらためて _why について調べてみた。するとRuby 業界では10年以上も前から _why が誰(Jonathan Gillette)であるかは公然の秘密であったようだ。もちろん、現在も _why として活動を再開する予定はないらしく、ソルトレイク・シティでごくふつうのエンジニアとして働いているらしい。それにしても、ソルトレイク・シティにいるとは奇縁にも思えるが、やはりしかるべき事情があるのかもしれない(なぜなのかは、知ってる人だけ分かればいい。まぁ Ruby 界隈の人はすぐ分かるんだろうけど)。

それはそうと、当の Ruby については、もともと Matz 氏が形式言語論(構文解析の理論など)で知られる筑波大学は中田育男氏の門下であったという点で(しかも中田氏は門下生の Matz 氏に協力して Ruby の国際化にも従事している)、いま RPN を調べている事情もあって興味深い。ただし、僕はこれまで Ruby を学ぼうとはしてこなかったので、Ruby という言語にまで深入りするつもりはない。

僕が Ruby を敬遠してきた理由は、非常に個人的な事情であり、情報科学的な根拠などない。まず一つは、僕が初めて Ruby を知った頃によく知られていたアプリケーションとして tDiary という CMS があったのだが、これを使っている「有名人」として結城浩氏がおり、そして tDiary は脆弱性が頻繁に指摘されていた。よって、単純な連想だが「日本の物書きはセキュリティに無関心であるか軽視している」という評価に至ったわけである。もちろん、これは Ruby という処理系のせいではなく、ソフトウェアの設計やコーディングという実装、そして脆弱性を指摘されたソフトウェアをアップデートしようとしない人々の責任であって、「~のせいではなく」以降を PHP や Java や Haskell の事例に置き換えても全く同じことが言える。どれほど優れた技術や道具でも、馬鹿が使えば結果はガラクタにしかならない。

そして二つ目も結局は同じ話になるのだが、2005年頃に Ruby on Rails が爆発的に採用され始めると、RoR の本質が Ruby 用のウェブ・アプリケーション・フレームワークというよりもデザイン・パターンであることは CS の素養があるなら自明であろうから、当たり前のこととして他の処理系でも MVC(つまりはフロント・コントローラ・パターン)を採用したフレームワークが大流行し始めたわけである。そして、デザイン・パターンとしての簡素な仕組みが評価されて、15年以上は経過した現在も広く使われている。ちなみに、しばしば未熟な人間が「RoR は終わった(のか)」などというブログ記事を書いているようだが、一つのフレームワークの流行り廃りとデザイン・パターンの評価とを区別できない無知な人間の文章など読む必要はない。100% 無視しても、あなたのプログラマとしての見識やビジネスに従事するエンジニアとしての素養や、情報科学の学生なりプロパーとしての学識には、まったく何のリスクもない。

ともあれ、そうして RoR が流行して Ruby の採用実績が増え始めると、数多くの馬鹿な連中がイージーに起業して「Ruby が使えます」という些末な事柄をセールス・ポイントとしてせっせと営業を始めたわけである。ちょうど、2000年代中頃と言えば、コーディングやウェブ制作の業界では同じころに「ユーザビリティ」だの「Web標準」だのという御託が叫ばれ始めた頃でもあった。もちろん、そんなことを言ってる連中よりも5年は先に英語で情報を得ているプロの開発者なりコーディング技術者である僕らが、ユーザビリティや W3C の意味論に準拠したコーディングをしていないわけがない。いまごろ馬鹿なことを言うものだと呆れていたが、システム開発でも「いまどき Ruby も使わずにアプリケーションを実装するんですか? 馬鹿じゃないの?」などと平気で言う東大学卒ていどの小僧や、中国や韓国からの留学生が、いわゆる「0円起業」のトレンドに乗って安物のベンダーを続々と立ち上げて、IT ベンチャーとしての自社サービスや特許を擁しているわけでもない下請けのくせに何か秘術を手にしているかのごとく鼻高々と営業活動を繰り広げていたわけである。その当時、「Ruby」とそういうアジャイル馬鹿との連想が何度も繰り返されたせいで、気の毒だが Ruby を自然と敬遠するようになった。もちろん、この事例でも処理系に非はないのだが、使っている人間が馬鹿揃い(もちろん、そんなクズみたいな開発会社の99%が既に消失している)では処理系に何らかの〈負の引力〉があるという印象にもなろう。これを覆すには、もちろん _why のような人物が書いたコードなり成果に学ぶのが一番である。

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