Scribble at 2024-12-26 17:03:44 Last modified: unmodified

自分の体に慣れ親しんだ格好、「格好」と言うと分かりにくいが、道具の持ち方や触り方といったものは、なかなか各人の拘りとか習慣があって、是非を言うのも難しいし、おまけに是非が分かっていても改められなかったりする。

もうこれはファミコン時代からの話になるから40年近くは前からの話だが、コントローラを両手の中へ包むように持つ友達がいたり、あるいは指先でぶら下げるように持つ人がいたりした。なんでそんな持ち方をするのだろうと怪訝に思ったりしたものだが、よくよく考えると僕自身の持ち方も他人から見れば奇妙に思えるのかもしれない。そして、こういうことに是非や良し悪しがあるのだろうかと考えてみると、腕や指の負担だとか、あるいは操作するときのミスを防ぐ持ち方などという観点では、確かにあるのかもしれない。でも、だからといって「それは危険だ」とか「この方が効率がいい」と言ってみたところで、既に慣れ親しんだ持ち方をしている者が簡単に持ち方を変えるとは思えないし、実際に僕自身も変えるのは難しいだろうと思う。つまり、或る器具をそういう仕方で持っている自分という感覚が、既に是非とは別の基準でアフォーダンスとなっている可能性があろう。あるいは、「こう持っている僕」というアイデンティティになってしまっている可能性だってある。

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