Scribble at 2024-10-02 22:14:56 Last modified: unmodified
このところ頻繁に見かけるようになった "digital twin" というアイデアだが、もちろん当人の何について、どれだけの精度でデジタル・データとしてモデルを構築することが求められるのかは、甚だ曖昧なところがある。したがって、たとえば MarkupDancing で掲載している全ての文章をトレーニング(あるいはチューニング)のデータとして使って、いかにも河本孝之が書きそうな文章を生成 AI に吐き出させても、それは定義の仕方によって "digital twin" と呼べるであろう。あるいは、もっと厳密なデータを使って、特定の薬が有効かどうかを確かめる「デジタル臨床」と言うべきものに使おうという応用も、"digital twin" の一例であり、実際にはこうした医療系のベンチャーが "digital twin" という言葉を多用している。
しかしながら、こういう技術が何らかの水準で「実用化」されると、たとえば動物実験などしなくても直に digital twin に対して薬を投与して「デジタル臨床試験」ができるのだから、動物愛護団体などは手を広げてウェルカムだということになるのだろうか。あるいは、薬剤の試験が短期間で終わると思われるので、いま現に疾病を抱える多くの人達からも歓迎されるのであろうか。おそらく一般論としてはそうであろうし、またそうであってよい。一定の誤差にもとづくリスクはあるにしても、それは従来の臨床試験、なかんずくヒトではない他の動物を使った成果から期待するような薬効であればなおさらリスクは大きいので、「リスクがある」という当たり前の事実を指摘するだけで、こうした潮流に逆行するような議論は通用するまい。