2018年06月20日に初出の投稿

Last modified: 2018-06-20

図書館から小関清明さんの『鹿持雅澄研究』を借り始めて1年以上が経つ。いまでも借り続けていて、論文集なので同じ論説を読み返したり、未読だった論説を読んだりしている。本書では、雅澄当人の著作や鴻巣隼雄さんの著書を除けば、参照されている文献はかなり限られていて、たとえば古書のサイトで頻繁に見かける尾形裕康さんの『鹿持雅澄』という本ですら黙殺されていると言ってよい。

僕も少し調べていて不思議に思ったのだが、この尾形さん(本名は尾形鶴吉)は教育史が専門で、弟の尾形亀吉さんも文化史を専攻した歴史家であった。『鹿持雅澄』が出版された昭和19年という時期は物資が極端に不足していたのだが、それでも巻頭に写真を挟むという「贅沢」が出来たのは、恐らく鹿持雅澄という人物に関する著書だったからなのだろう。そういう意味で内容が当時の世相に迎合しやすいものだったことは想像に難くないが、しかし事跡に関する評価や作品の解釈については、翼賛であるかどうかとは関係なく厳密な分析や評価が下し得るはずであり、小関さんが『鹿持雅澄研究』の中で完全に無視しているのは不可解である。

そもそも内容が当時の世相に迎合していて、いわゆる「右傾化」に組しているなどと言ったところで、雅澄自身が国学の徒であったのだから、書かれたものにネトウヨや三流構成作家と同じていどの荒唐無稽な議論があったとしても、現代の観点からすれば仕方の無いことだと割り切るべきであろう(彼の為したことを過剰に軽んじる意図はないが、そもそも雅澄は思想家として評価され事績が残っているわけではないし、そもそも彼が影響を与えたと多くの人が宣伝材料にする武市半平太すら日本思想史におけるインパクトなど全くないというのが冷静な評価というものだ)。

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