Scribble at 2023-04-22 09:45:54 Last modified: 2023-04-24 15:44:14

新聞は5歳でソロリサイタルを開いた天才児の記事を好んで掲載するが、その子がモーツァルトに匹敵する大音楽家になったという記事は読んだことがない。

ベイルズ&オーランド

以前もご紹介したことがあると思うが、本書(つまり齋藤孝氏の「翻訳」による『一勝九敗の成功法則』)はジョン・C・マクスウェルの Failing Forward: Turning Mistakes into Stepping Stones for Success (https://www.amazon.co.jp/dp/0785288570/) という著作の翻訳というよりも翻案であり、寧ろ解釈書と言うべきものだ。多くの内容が意訳になっていたり、省略されていたりするので、マクスウェルが直に語っている姿を知りたい方は買ってはいけない。『一勝九敗の成功法則』は、原著に書かれた、いかにもビジネス書としてウケそうなフレーズを、営業のネタを探すしか能がない勤め人に最適化してパラフレーズされた「今北産業」の会議録と言ってよい。

上記のフレーズは、しばしばマクスウェルの言葉として紹介されたりするようだが、実際には David Bayles と Ted Orland の Art and Fear という著作からの引用である。"Newspapers love to print stories about five-year-old musical prodigies giving solo recitals, but you rarely read about one going on to become a Mozart." これは持って生まれた才能だけでは大きな業績を上げるのに十分とは言えないという点だけを強調しているのである。モーツァルトが巨大な足跡を残したのは、彼の才能だけではなく、やはり生涯にわたって続けた練習や試行錯誤などで生じた数多くの失敗に学び乗り越えたためでもあったのだ。

よって、僕もしばしば「あの何年か前に量子力学の教科書を書いた小学生は、ハーヴァードの物理学科にでも行って論文を書いたのかね」などと揶揄することはあるが、僕はその小学生を揶揄しているわけではない。上記の引用と同じく、彼が幼くして著書を出版したり久米宏に帯の推薦文を書いてもらったくらいで、どこかの大学の客員教授にでもなれると思ってしまったなら、それは違うというだけの話である。学者の価値は業績であり、教科書を書くことも業績の一つではあるが、もちろん人類の知識を前進させるという類の業績ではなく、本当のところ学術研究者の真の値打ちとは言えまい。そして、彼は(僕に言わせれば教材として殆ど評価すべき点がない)テキストを書いたにすぎず、それを書いた人間が小学生だろうと80歳の人物だろうと、学術的にはどうでもよい話である。僕が揶揄しているのは、高校時代から「拡大象徴主義」(「センセーショナリズム」という言葉を知らなかったせいで、こういう造語をした)と言っていたマスコミである。

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