Scribble at 2025-02-18 08:08:40 Last modified: unmodified

久しぶりに髭剃りについて書く。もちろん、いま現在も替刃式の剃刀を使っていることがあるけれど、頻度は圧倒的に少ない。いま大半の機会に使っているのは、電動の剃刀でもなければカートリッジ式の剃刀でもなく、安全剃刀だ。1,000円くらいで買える、替刃式の安全剃刀だ。これは、もちろん形状として扱いに慣れているから手早く剃れるというメリットが大きいのだけれど、これで剃ると雑になるという自覚はあって、出来栄えにはあまり満足していない。ということは、ここ最近の僕の心境として髭剃りにあまり時間を使いたくないという気分があるのだ。

これは、よろしくないと思っている。丁寧に剃って、出来栄えに納得できると気分もいい。なので、髭剃りにまでタイパを求めてしまうような心境であるのはどうしてなのかということを考えて、髭剃りに使う時間くらいは確保したいものである。それから、替刃式の剃刀の使い勝手がイマイチであることにも理由がある。軽くて安っぽいとか、そういった感覚的な原因もあるにはあるが、たぶん僕自身の修練不足にも原因はあろうこれは、今後の課題である。

さて、当サイトのコンテンツについては、もちろん "La pogonotomie contemporaine" というコンセプトを掲げてみたし、古典的な著作を翻訳してみたいとは思うのだが、そのためだけにフランス語を学びなおすまでの熱意は、残念ながらいまはない。もしかすると数年後に再び意欲が出てくるかもしれないが、いまのところはコンテンツを増やす動機がなくなっている。

これは、先に書いた落書きで PHP のリソースについて議論した内容と、たぶん脈絡は同じだ。つまり、この国では情報やノウハウを共有しようという文化的な動機づけが乏しいのではないかということである。単に凡人が保身のために他人へ情報を渡すことに消極的であるというだけでなく、そもそもそういうことに価値を置いていないという可能性がある。なので、剃刀や髭剃りの話であろうと、なかなか情報や知見が増えないわけである。ジャン=ジャック・ペレットの著作なんて、理容師の業界団体だろうと個人の理容師だろうと、とっくに誰かが翻訳して自費出版でもしてるだろうと思ったが、そんな人はいないし、たぶんこれから半世紀後にも出てこないだろう。フランス語なんか全く知らなくても理容師の免許は取れるし、商売は何の問題もなく続けられるし、それどころかフランス語を知らなくたって理容師の養成学校の教員にでもなれる。フランス語を知っているかどうかとは全く無関係にエコ・システムが確立していて、そこには「フランス語を知らない」ことによるリスクが殆どないのだから、いったい何の問題があるのかというわけだ。もちろん、ない。ないけれど、僕は個人として不愉快だ。

それから、参考にしていた理容師の情報発信が途絶えてしまったという理由もある。これは、もちろん他人がとやかく言えることではないが、髭剃りや剃刀について興味深い情報を発信していた、足立区の理容師である Goro さんでも、現在は髭剃りや剃刀について YouTube では全く語らなくなっている(もちろん、昔の動画で髭剃りの話題を続ける気はないと言っていたわけだが)。それ以外に、失礼ながら名前もよく覚えていないのだが、神奈川あたりで剃刀クラブだか髭剃り倶楽部という名前の事業者があって、古い剃刀の本を出していた筈なのだが、そういう珍しいことをやっている人たちにしても、あまり体系的な知識を持ち合わせているようには思えないし、その必要があるとも思っていないようだ。僕のようなアマチュアですら、髭剃りや剃刀について何か記事を書くのに金属学や皮膚医学や身体運動学などの初歩的な知識が必要だと感じるくらいなのだが、こういう分野に学びながら何かを議論したり考えた成果を世に問う人というのは、プロだろうとアマチュアだろうと非常に少ないという印象がある。日本で剃刀を使っているユーザの大半は、前にも書いたように、高額な京都の砥石やヴィンテージのストレート剃刀の自慢話ばかりで、理容師は殆ど剃刀や髭剃りの話をしない。大半の理容師にとって、既にシェーヴィングというのは「作業」でしかなく、その割に客の顔を傷つけるリスクがあるのだから、そら QB House のように髪の毛だけ次々と切って儲けている方が楽であろう(わざと煽っている)。

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