Scribble at 2024-03-08 21:49:05 Last modified: 2024-03-08 21:57:35
これまでに何度か分岐点に行き当たって、そのたびに選択した結果が、大学院で科学哲学を学ぶことになったし、そこからさらにすすんで、指導教官と同じく「科学」とか「分析」なんてつけなくても良かったんだと思うようになった。よって、正確に言えば既に僕の専攻は「科学哲学」と言っていいわけではない。ただし、科学哲学の概念や議論や論点も含まれるので、現在もこうして philsci.info というドメインでサイトを運営することに疑問や躊躇はない。
その分岐点というのは、まず高校時代に考古学から歴史哲学に関心の向きが変わって、ポール・ヴェーヌやフーコーを読み始めたときにある。実際、そこからデリダやジャン・リュク=ナンシーやメルロ=ポンティを読み始めたわけだから、そのままフランス思想を専攻しても良かったし、実際にいちどは東京外大のフランス語学科を受けようかとも思ったことはある。高校を出て大学には行かずに、いったん東京で雑誌の編集者をしていたわけだが、まだそういう判断をしていなかった頃は、いちおうこれでも東京外大と東大の文IIIを浪人は覚悟で受けようかと思っていた時期もあった。
しかし、実際には高校を出るとすぐに東京で働き始めた。そして、そのあいだにも独学で色々と読んでいたのだけれど、会社の近くにある法政大学の夜間で学ぼうかと思案していた頃には、法社会学を専攻するつもりで、それこそパーソンズやルーマンやギュルヴィッチやエールリッヒ、あるいは神明正道だ高田保馬だと、社会学の本ばかり読んでいたのである。
それから、働いていた出版社の解散と同時に大阪へ戻って大学へ入ることとなるが、大学へ入るまでのあいだに、これは僕自身も経緯を正確に覚えていないのだが、科学哲学と称するものに関心をもつこととなった。かろうじて言えるのは、おそらく法社会学だけでなく、当時の流行であったポスト・モダンの関係者の著作も(それこそ浅田、柄谷、吉本などなど)含めて、哲学の本を色々と読んでいたためだろう。はっきりと、これを読んだり考えて分析哲学や科学哲学に関心を持ったと言えるような著作はなかったと思う。ちなみに、栗本慎一郎の著作にたびたび登場するマイクル・ポラニーについては、その当時も殆ど興味がなかった。寧ろカール・ポラニーの経済人類学の方が興味深い議論に思えたので、僕がマイクル・ポラニーについて「傍流」と言っていることについて、巨大なブーメランだと批評するには及ばないわけである。僕は、そもそも暗黙知の本なんて読んでない(『個人的知識』は読んだが)。