2018年07月22日に初出の投稿

Last modified: 2018-07-23

鹿持雅澄の家系については、飛鳥井家との関わりを捏造とする鴻巣説と、真正の家系だとする小関説の二つがある。鴻巣さんも小関さんも他界されているため、これらの論争は既に後学へ委ねられているわけだが、いまのところ歴史学者や国文学者として襷を受け取った人物を僕は知らない。

小関さんは『鹿持雅澄研究』で、雅澄が何名分かの先祖の祠を再建したり新しく建てたりして篤く敬ったという事績を肯定的に述べているが、否定的に解釈すれば祠を建てて自分が飛鳥井家の末裔だという既成事実を作ったともとれる。したがって、このような当事者に関する事実の当否は間接的な証拠を積み上げるしかないだろう。つまり、飛鳥井、加持、柳村の三家に関わる他の系統から親族関係について補足する記録や文献が出てくるか、それぞれの代で関与した当時の公的な役目に関する記録なども参考になるだろう。もちろん、鴻巣さんや小関さんも数多くの古文書に当たられたとは思うのだが、どうも国文学の論文というのは典拠表記や証拠物件に関する記述が曖昧なのが困る。なるほど古文書などは文化財に指定もされていない時点での個人の資産を閲覧させてもらっている場合も多々あるのだから、プライバシー情報だと言える点もあろう。しかし、書けることは書いておかないと、他人による再確認が不可能なことを適当に素人が思い込みで書いているのと何ら変わらないということになる。それでは、退職した役人や土建屋の爺さんが暇潰しにやってるような郷土史家と同じレベルだ(僕はそういうアカデミズムの外にいる郷土史家が十分以上のレベルの業績を上げた事例を知らないわけではないので、郷土史家と同じレベルだということ自体が悪いと言いたいわけではない。そうではなく、郷土史家の多くは十分なレベルに達していないからこそ、上記のように言うのである)。

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