2018年09月06日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-06

公共経済学や意思決定論ではお馴染みの「コンドルセのパラドクス」は、初めて説明を読んだときに何が「パラドクス」なのか理解できなかった。確かに、順位で勝っている候補が他候補との選好においては負けるというのは、一見すると逆説的に「見える」のだが、僕にはこれは見かけの問題でしかないように思えた。なぜなら、一つの選挙において同じ候補者の集団について順位での投票と相対的な選好での順位とを掛け合わせて当選者を決めたりはしないからだ。もちろん、衆議院議員選挙において小選挙区の候補者が全て比例の名簿にも入っていて、小選挙区で負けた候補者の政党が比例では相手の政党に勝ち、それゆえ小選挙区で負けた候補者も当選してしまうという実例はあるが、それは掛け合わせているわけでもなければ同時に結果を考慮しているわけでもない。なぜなら、有権者は小選挙区の投票と比例区の投票を別々に行うからだ。したがって、ここにはパラドクスなどない。全く別の二つの投票方式を同じ候補者に対して使っているという「二重の選挙」が実施されているだけであり、パラドクシカルな一つの選挙が実施されているわけではないのだ。

したがって、コンドルセのパラドクスとして例示される、3人の候補者の好みを3人の有権者が決めて・・・という典型的な3x3の表は、パラドクスでも何でもない。解釈として妥当なのは一つだけであり、得票が上位にあっても過半数の有権者から相対的に好まれていない候補者は除外するのが望ましいということだけである。それが、多数決で1位を決められない場合の妥当な解釈であろう。そもそも、過半数の有権者から評価されていないのに、少数の有権者から例外的に高い評価を受けるような候補者というのは、各種圧力団体の関係者、贈収賄で得票を取り付けた人間、共産党員やネトウヨなど一部の例外、芸能人候補者など、たいていはアンフェアな理由で高い評価を得ている連中だ。多数決が原則である筈の選挙において、そのような候補者が勝つような基準を支持することはできないので、典型的な3x3の表においては「パラドクス」と言われる一方の結果は捨てるのが当然である。

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