Scribble at 2024-06-20 19:24:40 Last modified: 2024-06-21 14:15:07
興味深い本だったが、正直なところ編集がよくない。「教養としての『半導体業界』」になってしまっており、これでは日経新聞とかを読んでビジネス・ぱーすんを気取っている営業とか SE が読む本だ。ソフトウェア・エンジニアリングやコンピュータ・サイエンス、あるいはウェブ・アプリケーション開発に関わる人材が「教養」として読むなら、3章、5章、6章、7章、そして暇なら9章くらいを読めばよい。その他の業界話や製造工程に関わる、殆ど説明もなしに羅列される専門用語で覆われたページを読むのは、「タイパ」かどうかはともかく、時間の無駄だと思う。どのみち、学部レベルの物性物理や無機化学を勉強していないと理解不能な内容だからだ。
いま紹介した各章は読みやすくなっているため、1時間程度で読み流せば「教養」としては取っ掛かりていどの知識は得られる。ただ、動作原理や物理的な特性という観点で正確な「教養」を身に着けたいという方は、たとえば松波弘之『半導体工学』(昭晃堂、1983)や高橋、沖村『半導体電子工学』(昭晃堂、1984)のような教科書を手にする必要があると思う。ちなみに古い本だと思うだろうが、原理的な解説は40年前の本でも十分だ。寧ろ最近の教科書は、情報量が減ったばかりか理解の役に立たないイラストやマンガが追加されたり、刹那的でセンセーショナルな一過性の話題を、若い人が興味を覚えるようになどと過剰に追加しているのだが、肝心の解説はちっとも洗練されたり向上していない、ただの個人的な書き直しにすぎない。これでは説明技法や知識伝達としての学界全体としての蓄積というものがなく、個々のプロパーが自分の勝手な思い込みや嗜好だけで文章を構成したり書いてしまう。
もし最近の本で勉強したいということなら、Karl W. Böer and Udo W. Pohl, Semiconductor Physics 2nd edn., Springer, 2023 のような、体系的で基礎的なテーマを詳しく扱っている本を丁寧に読むことをお勧めしたい。日本の薄っぺらな教科書なんて、何十冊読もうと知識は積み上がらない。それに、皮肉にも阪大名誉教授の浜口智尋氏のように洋書で出している教科書の方が優れている場合もある。
もちろん、上記のような通俗本に学界や業界を背負うような目標を期待したり求めるのは、いくら第一線で従事してきたとはいえ教育者や物書きとしてのプロではない著者には酷な話である。だが、そろそろプロ・スポーツでさんざん実例がある、「一流選手が一流の監督やコーチになるとは限らない」という話を、他の分野でも真面目に受け取るべきだと思う。僕が、サイエンス・ライターなどと呼ばれている、アウトリーチを担う専門職を、学術や文化の担い手として積極的に評価したり育てるべきだと言っているのは、こういう理由もある。