Scribble at 2024-05-30 14:46:00 Last modified: 2024-05-30 14:48:16
順列と組み合わせについて論説を公開した続きとして、実は当初の計画からは外れてしまうのだが、対数についての論説も書き始めている(順列と組み合わせについて解説しようと思ったのは、もともと secret sharing を考案した一人であるシャミアの原論文を詳しく解説するために必要だったからである)。そこでは、同じ話の繰り返しになるのだが、数学者(だけでなく多くの自然系のプロパー)が通俗的な本を書く時に何度も繰り返している過ちについて指摘している。つまり、「数式を使うと敬遠される」といった書き手の思い込みや編集者の偏見を、敢えて数学が不得意な僕自身が指摘することで、数学なり数式を使った解説の何が間違っているのかを説明するわけである。
物事の説明に数式を導入すること自体に、さほど大きな問題はない。問題があるのは、実は数学者もしくは多くの場合に編集者が数式を見ていないということなのだ。「数式を見ていない」というのは、まさしく数式を記載して議論に導入する説得力に欠ける文章を書かせているという構成力の欠落にあるのであって、数式そのものがどれほど複雑でも読者が数式を見て納得できれば、それは数式として表現する必要があったわけなので、数式を眺めるだけで敬遠されることはないのである。もちろん、書店で本を開いてザッピングしているときに「数式が多そうだ」と感じて読むのを諦めるような人は、そこでそもそも読み手に偏見があるのだから、それは広く言えば中等教育や他のメディアに掲載される啓発的な文章が彼らの思い込みを防がなくてはなるまい。しかし、ひとたび手に取った読者については、筆者と編集者が責任を負うべきであって、数式を使うに足るだけの文章構成が求められる。
といったことがあり、僕自身は高校時代から対数というものをぜんぜんうまく利用できないし、「掛け算を足し算にできる」などと木で鼻をくくったようなことを言われたところで「それがどうした?」としか思えないわけである。そこを、やはり説得力をもって解説するのが書き手の使命だろうし、数学プロパーには難しいというのであれば、それを「数学が不得意な科学哲学者」がやって何がいけないのかというわけである。しかも、いままでなんにもしてこなかったせいで、アマチュアに解説の成果で凌駕されちゃうんだぜ? 教授だプロパーだとか言ってる君らが。恥ずかしいとは思わんのかな。