Scribble at 2022-09-04 08:47:35 Last modified: 2022-09-04 18:02:05

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Building the timebanking movement, where time is currency, accessing the untapped assets while fostering care, respect, and justice in our communities.

Timebanks

偶然にだが、アマゾンで安く手に入る社会科学関連の本を物色していたときに、たぶん数百円だったと思うのだが、"Equal Time, Equal Value: Community Currencies and Time Banking in the US" (Routledge, 2012) という本を手に入れた。これは、経済学の表現で言えば「時間ベース通貨(time-based currency)」であり、多くの事例では人が1時間だけ働くことを1単位として、その単位で他人に助力したり、逆に助けてもらうという互助組織の管理方法と言える。日本では、残念ながら元の意味を知っていてかどうかは分からないが、芸能人や専門業者に分単位で仕事を依頼するブローカー・サービスとして「タイムバンキング」という言葉を濫用している事例があり、そういうパソナやトランス・コスモス同然の人買いどもとは話がぜんぜん違うということだけは最初に強調しておこう。

このような事業が "banking" であるのは、或ることに協力して働く用意があることを予めコミュニティで運営する銀行口座のような仕組みへ、貯金のように登録しておけるからだ。そして、必要な人がいたら、登録された作業を預金のように引き出してもらい、それに応じた作業を協力する。報酬は原則として発生しない。その代わりに、自分が必要になったら預金(〈自分の預金〉という意味ではないが)から引き出せるわけである。もともとはマイアミ大学や LSE で教鞭をとった Edgar Stuart Cahn という人物が晩年に始めた活動だったらしいが、いまでは "timebanks," "timebanking" などとして広く知られるようになり、全米に普及しているだけではなく、実は日本でも採用している活動があるらしい。なお、banking とは言っても既存の金融機関とは意味が異なる。よって、「わたしはこれだけ働けます」と先にたくさんの time-currency を登録しておいても、為替変動とは関係ないし利息もつかないため、若いころに 100 units 働いておいて、後から 120 units 誰かに働いてもらうことを期待するなんて都合のいいシステムではない。

さて、これだけ紹介しておいて指摘するのも気の毒なことだが、僕はこういう仕組みはマイアミならでわというか〈金持ちの隣組〉みたいなものだとしか思えない。既に経済学者を中心として批判が出ているようだが、僕もこういう組織は持続可能性が低いと考える。サポートしている人々の善意、それから現に仕組みを利用している人々に文句を言うつもりはないけれど、〈仕組み〉としては欠陥が多い。

第一に、exchange できる作業として子守りとか買い物とか日常生活で必要な作業が列挙されているけれど、これらはどれも端的に〈健常者が簡単にできること〉である。よって、自動的にこの仕組みからは障碍者が排除される。また、社会心理的な問題として、コミュニティの中でこの仕組みに加わろうとしない人への差別や嫌がらせや村八分などの道徳的脅迫が発生する恐れがある。こういう活動を〈善行〉だと思い込んだり、何らかの宗教的な信念と結び付けて義務のように感じてしまう人が、勝手に他人へ押し付けるようなリスクをどうコントロールするかが難しいはずだ。もし、こういうコントロールが簡単なら、そもそも昨今の話題となっているような似非キリスト教の北朝鮮カルトなんて日本どころか韓国ですら蔓延するわけがないからだ。

そして第二に、あたりまえのことだが〈貯蓄〉できるのは時間に余裕がある人だけである。よって、簡単なことだがマイアミつまりはフロリダのように大金持ちで暇を持て余している人々にとっては容易いボランティアのようなものだが、こういうサポートを受けざるをえない本当に困っている人々には、なかなか時間がないという根本的な不平等がある。これらを無視して、できる人だけが助けるというのは、簡単に言えば社会システムの歪みや不平等を放置したり助長するだけではないのかという心配があろう。

第三に、同じような論点だが、このような仕組みが普及することがひとまず結果として〈良いこと〉だとしても、これは同時に行政サービスの不備を補っていることになるのであるから、行政機構なり、それを実行する基になる財政や立法といった政府の役割や責任を(敢えて無視することで)許してしまうことになり、平たく言えば保守派に有利なメンタリティを作ってしまうことになるのではないかと思う。

また、これは実行している地域や組織によって内容が異なるので一概には言えないが、〈できること〉を登録したりサポートしてもらう仕組みになっているため、健常者だけの仕組みであるというだけにとどまらず、提供するサービスや登録できる労働の種類によっては、何らかのスキルとか特技とか資格がある人だけの YUCASEE(富裕層クラブ)とかフリーメイソンとかライオンズクラブ的なものに変質する恐れがある。逆に、これだけしかできないという人(身体障碍者も含まれる)が排除されやすいという問題もあろう。そして、買い物とかお使いとか他人の財産やプライバシーにかかわる様々なリスクをどうやって低減させたり事故を防ぐのかも、あまりはっきりしていない。

そして、こういう活動を広報する場合にも課題があるという指摘は、timebanking の団体でも自覚があるらしく、いまでは多くのサイトで広報があれこれと出ている。なるほど、従来のボランティアと何が違うのかと言われるかもしれないし、そもそも time-based currency として自分が登録するだけでなく相手にも何かしてもらうという仕組みが「見返り」として誤解される(それを嫌がる人もいるだろう)可能性もあるからだ。

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