Scribble at 2022-03-24 14:14:36 Last modified: 2022-03-25 08:05:17

BGM を聞きながら仕事をすると捗るというのは、はっきり言って錯覚だと思う。

これまで何か実験とか論証があったという話を聞かないわけだが、そもそも「仕事が捗る」とは作業に集中しているということなのだから、そんな状況で音など聞こえているわけがないのである。つまり、BGM というものは実はプレイヤーなどで音を鳴らし始めてから数分しか意味を為さず、そのあとは曲が鳴っていようがいまいが関係ないのだ。もし、業務に携わりながらも鳴っている曲が聞こえているというなら、それはまさに仕事に集中できていない証拠であり、それが曲を再生しているからだとすると、BGM を鳴らすのは仕事にとって逆効果ということにもなろう。つまり、仕事を始めるオープニング・ミュージックなり〈助走〉としては何ほどかの高揚感とか自意識プレイの道具として心理的な効果があるのかもしれないが、その数分後には BGM は無意味であるか逆効果にしかならない。

この事例を考えていたときに思い当たったのだが、他にも似たような事例がある。それは、よく新聞広告や英語学習雑誌などでお目にかかる通信販売の商品で、「聞き流していると英語が上達する」などと称しているものだ。これも、僕が中学生の頃に流行した「睡眠学習まくら」みたいな詐欺商品と同じく、効果などない。また、列車通勤している最中にスマートフォンか MP3 プレイヤーで英会話の教材を聞き流す学習法なども紹介されるが、これも実際に僕が(それこそ睡眠学習まくらすら買ったことがあるので)やっていた実感として言えば殆ど効果がないと思う。なぜなら、聞き流すということは他に何かやっているからであり、通勤時であればスマートフォンで他にニューズのサイトで記事を読んでいたりするだろうし、英語の教材を聞き流しながら数学の勉強をしていたりするかもしれないが、人間には複数の志向性を与えた事柄について、同時に同じだけの注意力で応対したり知覚するなんて能力はないからである。

そもそも言語なり言葉を習得するというのは、誰か相手に向かって自分の〈言いたいこと〉を言葉として発したり、あるいは誰かが〈言っていること〉を言葉として理解する能力を得るということだ。したがって、発せられた言葉を BGM なり単なる音として聞く(「聴く」のではなく)だけでは習得どころか何が聞こえているのかわからないし、そもそも何かが音として聞こえていたという記憶すら残らないだろう。そんなものは言語の習得とは関係のない、何のためにやっているのか理解しないまま続ける猿真似でしかないのだ。

よく、日本人は英語が下手だと言われたりする。それは読んだり話せない、つまり使えないということであり、僕もその一人かもしれない。しかし、最低でも大学院で学んだ経験があったり仕事に活用したり(僕が Zend Certified Engineer という PHP の資格試験を取得した当時は英語の試験しかなかった)できるていどに英語を使ってきた者として言わせてもらえば、日本の英語教育や英語の学習教材とか出版物とか英会話スクールには、海外と比べて大差がない。日本人の多くが英語を習得できない最も大きな原因は、これも多くの人が指摘していることだが、大半の日本人にとって英語なんか勉強する必要がないのだ。事実、古典から一般書に至るまで、外国語で書かれた本をこれだけ翻訳している国もない筈であり、学部レベルなら哲学でも大半の古典の研究に原書を使う必要が殆どないはずだ。一次文献どころか二次文献や通俗本すら翻訳されているからである。映画や小説も続々と吹き替え版や翻訳書が出るし、海外のニューズ番組も必要なら同時通訳で放映してくれる。たとえば、ウクライナのゼレンスキー大統領が行った演説を、アメリカの議会については日本のメディアが同時通訳で放映するけれど、日本の議会についてアメリカのメディアが同時通訳で放映なんてしない。これだけ翻訳されたメディアが十分すぎるほどあり、そして更に自動翻訳のソフトウェアもあれば通訳デバイスまで発売されている。いったいこれだけの状況で、英語の勉強なんて受験以外の目的でやる必要があろうか。楽天の社員? 知るか。仕事で必要なら勉強すればいいし、勉強とは本来は必要を感じてやるものだ。ここでは大半の日本人にとって必要ないだろうという話をしているのである。

[追記:2022-03-25] 後から調べると、BGM と作業効率に強い関連性は認められないという結果があるようだ(https://fukui-kateikyousi.com/blog/16822)。他には池谷裕二氏が BGM に関してインタビューに答えている記事(https://r25.jp/article/564374415183230643)もあるが、正直なところ雑談レベルでしかなく、一つ目に紹介した家庭教師の記事と同レベルと言っていい。逆に、研究成果として関連性を認めるような結論の論文があり、こちらも確かに検討には値するだろう。ただ、被験者が8名と少なく、大学生という基本的な標本の偏りがあり、単純作業では一定の効果があったというものの、その効果は「内田クレペリン検査」と呼ばれる3分ていどのあいだ1桁の足し算を延々と繰り返す結果で測っているため、現実の大半の業務とは違っているし、せいぜい3分の結果でしかなく、また有意に異なる差があったと言っても、それを当人が「BGM を聴くと捗る」と自分自身で知覚・実感できるような差なのかどうかも怪しい。

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