Scribble at 2026-03-01 14:44:59 Last modified: unmodified

よく知らんのだけど、倫理学というのは、たとえば「おまえは、なんて単細胞な奴なんだ!」と言うと、「それは単細胞生物に対する差別ではないか?」と問うような人々のことだよね。いや、煽ってるわけじゃなくてガチで。だって、実験動物の生存権とかブロイラーの鶏の QOL とか言ってる人もいるし、イルカを愛好しても黒人は平気で差別するインチキなリベラル白人だとか、色々いるわけだけど、しょせんは物事の原理原則を扱うのが哲学の分科として許容されるべきアプローチであろう。現実や、それから理想としてはヒトの限界なんていう、この宇宙の自然法則にとってはどうだっていい些末な事情で例外や制限を設けるなど、認められないはずである。しかるに、多くの人が愛好するヌコやイヌに何らかの「権利」があるというなら、単細胞生物にも同等の「権利」があってしかるべきであろう。そして、「おまえは権力の犬だ!」という言い方が犬に対して礼を失していると考えるなら、冒頭のように考えることもまた(妥当かどうかはともかく)許容されてよい思考や態度であろう。

ただ、倫理学の困ったところは、しょせんヒトなどという有限の存在を前提にものを考えてはいけないはずの学科において、人の考え方や行動に関連がある議論や結論を出すことにある。社会学や社会心理学やグループ・ダイナミクスなどのメタ分野としての役割が大いにあることは分かるものの、特定のヒトや集団を捨象して議論することに(哲学の分科としてなので)何か有益な意義があったかと言うと、ヘアらのような普遍化可能性の理論家には気の毒だが、ぜんぜんないと言わざるをえない。大腸菌に生存権や QOL を保障するという議論に、頭の体操という娯楽、あるいは大学演習の課題を超えるような意義があるとは思われない。

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