Scribble at 2023-03-30 16:05:14 Last modified: 2023-03-30 16:24:25

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剃刀の研ぎ方について解説しているブログ記事や動画の多くは、とにもかくにも番手の大きな高級砥石で鋭利な刃先を作ることにばかり血道を上げている印象がある。しかし、実際のところ金属学の常識として鋭利にすればするほど脆くて即座に鈍ってしまう刃先にしかならない。それゆえ革砥で strop するのだというわけだが、僕が調べている限りでは、革砥に刃先を復元したり鋭利にする性能はない。単に髭を剃ることによって剃刀の刃先に(髭は堅いので)生じた刃毀れを革で埋めたり、あるいは髭剃りで刃先に生じたバリと同様の凹凸を取り去ることで、刃先を滑らかにするための道具だと思った方がいい(*)。

そして、刃先を鋭利にすればなんでもいいというわけでない理由は、そもそも「髭を剃る(切る)」とはどういうことなのかを考えたら分かるのだ。上の模式図は、鋭利な刃先の刃物で髭を切る場合と、整えられた刃先(少なくとも二段になっていて、刃先の先端である "bevel" と呼ばれる箇所は鋭利どころか鈍刃である)で髭を切る場合を比較したものだ。上段の鋭利な刃先で髭を剃ると、刃先の全体が髭と摩擦を生じるため、快適に剃れない。これに対して、いわゆる蛤刃となっている方は bevel で刃に食い込んだ後は接点が少ないまま髭を押し広げていくので、余計な抵抗がない。海外の(後進国の)理容師が剃るように、勢いをつけてシャッシャッと剃刀を走らせるなら、上段のような刃先でも勢いで剃るのだから構わないだろう。その代わり、怪我のリスクは高まるし、そもそも後進国だとロクなプレ・シェーブの処置もしないから、かなり剃り心地は悪いだろう。

(*) そもそも、もし革砥の材質が本当に刃先の再調整として役立つのであれば、それはつまり革砥で剃刀という金属を削っていることになる。すると、たいていは雑にペタペタとやってるあんな動作は、高級砥石に剃刀の刃先を丁寧にゆっくりと走らせるような真似と比べたら、異常な乱雑さと言うべきだろう。しかも、革砥を使うシーンの殆どはベルト状になっている用具を調度品にひっかけてぶら下げるという、非常に不安定な条件で刃先に接する。そんな雑なことをやって、#8,000 だの #12,000 だのという、数回だけ刃先を当てたらいいと言われるような繊細な刃先に何の影響もないなんて考えられまい。

結局、こういう事例でも分かるように、traditional wet shaving について語っているブログ記事の著者や動画の配信者の多くは、研ぎ師だろうと理容師だろうと数十本のヴィンテージ剃刀をもつマニアだろうと、全然関係のないことを、結果的として何かに役立つからといって、間違った仕方で理解しているのだ。こういうことも、結局はそういう人々が、本当のところ剃刀とか髭とか金属について興味がなく、剃刀の値段とか形状とか装飾、あるいはそれに関連する砥石の値段などという、他人にアピールできる外形と値段という点にしか価値を置いていないような、要するに道具自慢しか動機がなくて剃刀や用具を集めているからだ。よって、グルーミングなりスキン・ケアとしての髭剃りに関心がある方は、そういう人々の書く記事とか配信している動画の、やれ京都のどこから掘り出された石だの、岩崎の日本剃刀だのという、髭剃りにとって本質でもなんでもないことに感化されるのはやめた方がいい。

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