Scribble at 2021-08-24 09:45:57 Last modified: 2021-08-25 00:43:15

昨日は2冊もビジネス書に目を通したのだが、期待外れの結果に終わったため、夜になって3冊めを手にした。それがジョン・ブルックスの『人と企業はどこで間違えるのか』だ。これは Business Adventures というのが原著のタイトルで、アマゾンではたびたび見かけていて読んでみたいと思っていた一冊だ。ただ、個々の企業で起きた出来事の経緯を具体的に描いた文章であるため、アメリカの法律とか金融関連の用語がたくさん出てきて読み辛いという評判があり、ひとまず翻訳を古本で手に入れていたというわけである。(もちろん英語を生活や学術研究の道具として活用するなら、それが法律用語だろうと単語の勉強はするべきだ。しかし、いまやる必要があるとは思えない。)

この本は、最初から通読する気はなかったので、昨日のあいだに最初の2章を読み終わった時点で、既に次の本を手にしている。しかし詰まらなかったからではなく、それなりに面白い〈読み物〉ではあった。したがって、機会があれば再び手にとって読み進めるつもりはあるし、そういう時間があれば嬉しい。しかし、僕は本書を「ビジネス書」だとは思わない。それは、『プロフェッショナルの流儀』という NHK テレビ番組が(評価はどうあれ、少なくとも)「仕事についての映像作品」ではないのと同じ理由である。

そして、それらはどちらも仕事やビジネスを考える上では、それなりに致命的な欠陥があるという意味で同じなのだ。なぜなら、こうした著作や番組の取材というものは、結局のところ〈成功した彼ら〉とか〈失敗したこの会社〉という想定や前提を議論した形跡がないため、必ず何か決定的で本質的なところを見過ごしていたり無視したり軽視していると思うからだ。それはビジネスの〈裏側〉などという安っぽい話ではなく(二重帳簿を使っていたり裏社会との関係があってもライターや NHK に語ったりするわけがない。しかし、それは実は本質的なことではない)、本人たちが気づかずに陥っていた過ちや錯覚を、当人へのインタビューから掘り出すことは非常に難しく、相当な年月をかけて何度も質問したり細かな事実を調べ尽くさなければ分からない場合も多いということである。

簡単に言えば、ビジネス書のライターは厳密な歴史学や社会学の調査をしているわけでもなく、実際に彼らの多くは取材に関連する学位など持っていない(何度も言うが、博士号をもっていないからライターや NHK のディレクターにはビジネスを論じたり事業者を取材する資格などないと言っているわけではなく、学位とは素養をもっていて訓練を受けた或る程度の証拠と言えるからだ)。よって、ブルックスの本書にも批評は加えられている。東アジアの文化後進国で、「ビル・ゲイツがウォーレン・バフェットから勧められた良書」などと帯に書かれたていどで平伏するような原始人どもには理解不能かもしれないが、まともなレベルの企業人(というか大人)というものは、それがビジネス書であろうと科学哲学の研究書であろうと、著作物という物体、そしてそこに書かれた文章に、なにかビジネスの本質だとか宇宙の真理が〈記述されている〉などというセンチメンタリズムやファンタジーは持ち合わせていない。

なお、最後に短くタイトルの話をしておくと、冒頭で書いたように本書は原題が Business Adventures であり、訳本のタイトルが示唆するような「失敗」だけが紹介されているわけではない、まさにビジネスという adventures を描いた作品だ。副題にはかろうじて「成功と失敗」と書かれているが、どうしてこういうミスリードなタイトルをつけようとするのか、僕にはよく分からない。もしかすると訳者は違うタイトルを考えていたのかもしれないが、「人と企業はどこで間違えるのか?」というタイトルにした方が売れるというダイヤモンド社の判断に押し切られたのだろうか。それはそれで編集側の不見識というものだろうが、もしそうでないなら翻訳者の力量不足だと言いたい。Business Adventures を「人と企業はどこで間違えるのか?」と訳すのは、誤訳ではないかもしれないが、僕の考えでは〈よい翻訳〉とは言えないからだ。かなり凡庸な表現だが、「ビジネスという冒険の物語」とか、成功や失敗という断定的な言葉を使わない方がいいように思う。これはガチの企業人として言うのだが、ビジネスというものは「成功」とか「失敗」という言葉ないし概念で描くような営みではないと思う。そういう尺度でビジネスを語ったり理解していても許されるのは、せいぜい主任や係長クラスまでだ。

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