Scribble at 2025-12-16 18:18:54 Last modified: 2025-12-18 13:42:45

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この半年くらい、かなり集中してラノベ原作のアニメだとか、いわゆる「なろう系」を原作にしたアニメなどを相当な数で観ていた。動機は特に何かあるわけではないし、もともと昼ご飯を食べながら連れ合いとアニメは観ていたから、アニメを観るのは娯楽の一つでもある。それこそ、前職では深夜に帰宅することが多かったので両人とも夜型の生活をしていて、土曜日は MBS で CDTV を観てから一連のアニメを観て朝の4時頃に寝るという生活を送っていたほどだった。でも、お金を払ってまで観ているわけではなく、それゆえ Amazon Prime で配信されている作品を観るのは、それなりに新鮮だったのかもしれない。

ただ、途中で観るのを辞めてしまった作品もある。たとえば、この『最果てのパラディン』だ。僕は基本的に自分自身を万能だと思っているからなのか、無能な主人公だとか、自己評価が意味もなく低い主人公というのは性に合わないところがある。なので、昔から『ドラえもん』は嫌いな漫画・アニメの一つだった。こういうわけで、この作品の主人公をはじめとして「ニートや虐められっ子の異世界転生」というパターンには馴染めないところがある(なので、最も有名な『無職転生』という作品も途中で観るのをやめてしまった。もっとも、『無職転生』はガキ・・・でも中身は豚オタク野郎の下ネタが多すぎて辟易したという理由の方が強いわけだが)。

この他にも、主人公がアホすぎるとか、幼稚だとか、設定に見合わない愚かな判断をするとか(たぶん原作者が未熟なのか無知なのだろう)、そういう作品は途中で観るのを諦めていることが多い。以前もご紹介した『魔王軍最強の魔術師は人間だった』なんかは戦術・戦略・作戦と、軍略のあらゆるステージで登場人物、とりわけ軍師であるはずの主人公が馬鹿げた思考や判断をしており、これは原作者が戦闘や軍事行動というものを全く勉強していない妄想だけでものごとを書いたためであろうと思う。敢えて言えば、原作者が自衛隊員だったとしても、戦闘経験がある自衛隊員なんて殆どいないはずである。なので、日本人にそういう意味でのリアルな戦争作品の原作なんて書けるわけがないのである。そうであれば、経験を補うのは勉強でしかないはずなのに、この作品の原作者は軍事や戦史を勉強した形跡がまるでなく、僕らのようにアヴァロン・ヒルや SPI のシミュレーション・ゲームをプレイした経験もないのだと思う。

あと、数週間前まで観ていた『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』という妙に長いタイトルの作品も、あまりにテンポが悪くて心底どうでもいいエピソードが多すぎるので、リタイアした。ただ、アマゾンのレビューを見ると、主人公の配下である数多くのキャラに人間味がないなどという滑稽な評価が多いことには驚かされた。いや・・・彼らってガチャで出てきた道具でしょ? 萌えキャラの姿をしていようと、あれは実質的に短剣とか巻物と同じ類のものであって、人間味なんて最初からあるわけねーよ(笑)。

ただ、主人公について無能だとかイジイジしたやつが嫌いとは書いたが、平凡な主人公は別になんとも思わない。そういう境遇で生まれ育った人として、ごく当たり前に未熟なところや弱いところがあるというキャラ設定に不快感なんて全くないのだ。そもそも、そういうことに不快感があったら、他人との付き合いなんてできないだろう。世の中なんて、もちろん僕自身も含めてすべての人には何らか未熟なところや弱いところや隠したいことがあろう。そういうことを否定して物語が成立すると思っているバカがラノベを書く傾向にあるから、書店では一般の文学作品とは異なる棚に置かれるという仕方で「制度的な差別」を受けてバカにされるのだ。

あと、いわゆる「無自覚系」と呼ばれている作品は、うまくギャグにしている場合とか、無自覚であることが理解できるような状況設定や話の流れになっているなら、観ていられる。たとえば『陰の実力者になりたくて!』という作品も無自覚系の一つだと考えていいと思うが、この作品は主人公が状況を実はぜんぜん理解していないということを基準に話や設定をそれなりに帳尻を合わせて作っていると思う。でも、ひとたび主人公の愚かさゆえに状況を理解していないだけだという点が気になると、もう耐えられなくなる。たとえば、このまえ観始めた『異世界薬局』も第一話で断念してしまった。元大学教員とは思えない愚かさだ(というか、最近の大学教員だと暗記力だけなのか)。

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