Scribble at 2023-05-11 11:16:31 Last modified: 2023-05-12 10:06:06

アマゾンでは、よくわざと安い洋書を物色する。もちろん、例のインチキ自費出版のメモ帳は大量に出てくるから、そういうのをさっさとスクロールして無視しながら、数百円で買える洋書を探すわけだ。たとえば、"Routledge"(もともと Routledge and Kegan Paul という名前のイギリスの大手出版社だが Taylor & Francis に買収されて傘下に入った)というキーワードで検索した結果から、さらにフィルタリングして英語、ペーパーバック(Kindle 版を削り落とすため)、そして価格帯を1,500円以下としておくと、500円以下で色々なタイトルが出てくる。Routledge は人文・社会系の学術書の出版社なので、大半は学術研究書だ。

もちろん、本来は Routledge の学術書が500円で買えるわけがない。なんでこんな値段になっているのかというと、これは出版社や取次ではなくアマゾンの在庫として扱われるからだろう。もう何年も前から、アマゾンで洋書を注文すると紙質に違和感のある商品が送られてくるようになった。表紙の質がマットな感触で、まるで何日か前に印刷されたばかりのような状態だからだ。そして、裏表紙には "Made in Japan" と印刷されているのを見つけた。つまり、いまや洋書を注文するとアマゾンが日本で印刷・製本しているのである。ということは、こういう洋書は事実上の「オンデマンド出版」と同じであり、殆ど出版社や取次は介在しておらず、アマゾンとのレベニュー・シェアを前提にアマゾンの出版事業部門へ書籍のデジタル・データだけを渡して版下に使わせているのだ。それゆえ、どう考えても在庫を最初からもっていない筈の日本のアマゾンが、どう考えても日本で読もうとする人間なんて5人くらいしかいないはずの、科学哲学という分野の中でもさらにマイナーな確率の哲学というテーマの本を数日で送ってくるわけである。そして、異様なほど安い価格で販売されているタイトルは、そうやって注文された後で途中でキャンセルされてしまい、オンデマンドで製本までやったのに行き場を失ってアマゾンの国内在庫となった商品なのだ。こういう商品は、たとえば Routledge の本だからといってイギリスのアマゾンに送るわけにはいかないし、ましてや Routledge に「返品」もできない筈である。在庫を抱えずに済むからこそ、出版社はアマゾンに販売どころか印刷や製本から在庫管理まで任せているのだろう。というわけで、アマゾンにしてみれば在庫を抱えるくらいなら投げ売りしてでも処分できた方がいいということなのだと思う。アマゾンほどの業容にもなればロジスティクスや在庫管理は最重要課題であろう。

といった事情はともかく、僕らは安くて有益な本が手に入ることを期待して、わざと売れ残っている本を物色するのである。もちろん、そういう本は何らかの事情で注文がキャンセルされたというだけあって、それなりの理由があって在庫として焦げ付いているわけである。中には何年もワゴン・セールで投げ売り状態の本がある。10年前の IT 関連の技術書とか、しょーもない無名のコンサルが自費出版した自己啓発本とか、もうそういうのは処分するしかないと思うのだが、いまだに200円くらいで売られていたりするのが、それなりにほほえましい。もちろん、そういうガラクタを無視しながら、たまたま注文がキャンセルされただけで、中身が古いわけでも馬鹿げているわけでもない本というものがないか探すのだ。そして、実際に読む価値のある本がたまたま数百円で買えることもある。Princeton Library や Routledge Revival のような再刊の本に、出版年度は古いものの内容が古典的な価値を持っていたり、日本では殆ど出版できないと思えるようなテーマ(アメリカの地方都市にある日系移民の強制収容所についての本とか)の本が買えるのは助かる。これは、どう考えてもアマゾンという事業者ができたからこそ享受できることであって、どれほどジュンク堂や丸善や紀伊國屋で買う洋書に思い入れがある人であろうと、こういう効用は否定できまい。

そして、たまに驚くような大部の本が(数百円とまではいかないが)買えるというラッキーな事例もある。もちろん、残り点数が1点という場合が大半なので、いわば「ジャケ買い」することもある。たとえば、Springer から出版された Joachim von zur Gathen の CyptoSchool (2016) は、ハードカバーで本来なら12,000円ていどする900ページに近い大部の教科書だが、これは2,000円で買えた。Springer は頻繁にセールをやっているから半値くらいならよくあることだが、8割や9割引きに近い価格で買えるチャンスはないから、これはありがたい。

ただ、何度も強調しておくが、安い洋書の大半は安くなっているだけの理由がある。よって、内容を見極める学識と「嗅覚」みたいなものを、それなりの数の洋書を読んで身に付けておかないと、クズみたいなものを掴まされることになる。こういうことを書いていても、僕だって全く読む価値がない、それこそここで URL を引用して吊し上げる価値すらないガラクタみたいな本を買ってしまうことはある。まぁ、そんなのはこれまでに2、3冊といったていどだが。

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