Scribble at 2023-05-09 14:32:02 Last modified: 2023-05-09 14:35:38

既にインターネットが普及して検索エンジンが大量のテキスト情報を集めて整理するようになってから、少なくともオンラインで正しい情報が見つかる限りにおいて、調べればわかることは検索で済ませるというスタイルで情報を扱う人が増えたと思う。つまり、それらをどこかに集めたり、あるいは書籍として手元に置くなんてことをしなくても、分からないことがあれば「ググれ」ばいいわけだ。よって、電子化されようとされまいと辞書の類は売り上げが下がってくるし、そもそも辞書で単語の意味を調べるということ自体が一種の様式美にすぎない(単に単語をググればいい)と考える人も増えてくる。このウェブこそが辞書も兼ねていると思っているからだ。

もちろん、こういう傾向に一定の反論はあるし、抵抗もある。まず紙の辞書はコンピュータやネットワークなんてなくても言葉を調べられるツールであるという強力な特徴があろう。ただし、そこには印刷された範囲の言葉しか調べられないという制約があるし、文例の数が圧倒的に少ない(単語によっては文例が全く収録されていない)という問題があって、仕方のないこととは言え辞書は新語に弱いという原理的な問題がある。そして、電子化されている辞書は単語をググるよりも意味の説明としていまでも信頼度が高いから利用するという人もいるだろう。単純に単語をググってみても、いまですら現実には検索結果の上位に出てくるのは辞書サイトのページなのである。ただ、そうであればこそ、辞書サイトへいちいちアクセスするのと、ググって辞書サイトのページを見ることに何の違いがあろうかと考える人もいよう。

なんにせよ、調べればわかることを一つのサイトや一つのページに集約しておく価値はあるのかという問いについて一概に良し悪しを論じることはできない。たとえば、僕は PHILSCI.INFO で科学哲学の用語辞典のようなコンテンツを作ろうと思っていたことがあるけれど、それはググるのと比べてどれほど有益であろうかと思う。よく、どういう分野の辞書でも単著つまり一人で書き上げる場合と、多くの著者を組織して制作される場合とがあって、確かにどちらにも利点や欠点はあろう。単著には一人の人間が構成や編集方針を決めて貫徹するという点で何らかの利点がありそうに思えるが、それは同時に一人だけで作業することによる視野狭窄や偏見や無知という制約を抱え込むリスクも指摘できよう。また、多数による編纂で制作された辞典には MECE (Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)という利点がありそうに思えるが、そもそも単著であれ編集ものであれ辞書を手掛けるにあたって mutually exclusive であることは当たり前であろう。そして、どれだけの人数を集めても一定の偏りについて批判が残る余地はいくらでもあるし(辞書の編集チームに誘われなかったなどという子供じみた動機で批判的な態度をとる学者もいるにはいるらしいが)、その編集チームが何らかの学閥や「関西」「関東」といった下らないデモグラフィーによるグループであればなおさらだ。

こういうわけで、かつては僕のような人間が用語辞典を自力で制作するくらいなら、ググってもらった方がいいのではないかとも(僕としては珍しく謙虚に)思っていたのだけれど、ChatGPT の出力内容などを見ていると、それが検索結果を元にしている以上、まだまだ高校時代の僕らにも及ばないクズみたいな知能であることは明白だ。データを集めるという、馬鹿でもできることだけ膨大にやっているため、「よくできました」というハンコくらいは ChatGPT 君の通知簿に押してやってもいいが、それでは科学哲学の紹介を任せるに足りる能力は決して認められない。よって、プロパーではないにしても、まだ僕らのようなアマチュアであろうとコンテンツを制作して公開するだけの意義はあると思う。

ていうか、こういうことを前の世紀から神戸大で言ってたんだけど、誰もやらないんだよなぁ。都内の編集者に発見してもらって本を書かせてもらうみたいなスケベ根性のあるやつしかやらないのが、この国の哲学プロパーの置かれている現状だと思う。だから、お勉強くんみたいなブ男とか小平の暇人とか哲学用語ライターとか、そんなパブリシティのことしか考えてないような連中しか学術分野のアウトリーチに携わっていないという状況になるわけだよ。そんな連中は、そのうち実質の方を重んじてる酒井(泰斗)氏のような人々にオーバーライドされてしまうかもしれんね。ああ、オブジェクト指向とかなんとか哲学で喋ってるだけの馬鹿には分からんだろうから本物のエンジニアでもある科学哲学者が教えてやるけど、これは新しい役割によって上書きされるかもしれないと言いたいわけだよ。

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