Scribble at 2021-08-20 12:58:12 Last modified: 2021-08-22 10:47:30

ちなみに、僕は個々の企業の事例については、どういう本で紹介されるときであっても、具体的な中身については興味がない。理由は簡単で、コンサルタントのヒアリングに本当のことを言う従業員、なかんずく役員なんているわけがないからだ。従業員が世間話として会社に不満をぶちまけるときですら、たいていは〈盛ってる〉と思ったほうがいい。社会調査論のアンケート、それから文化人類学や社会学のフィールドワークでは、そのあたりの〈引き算〉や〈足し算〉は基本中の基本である。

したがって、書かれている内容は〈推移〉や〈条件〉の話に興味があって、結果が成功でも失敗でも参考になる。そういう施策を実行して何億の売上になったとか、株価が何パーセント上昇したかなんて、大して興味はない。どのみち、われわれ中小企業の部長が何万人の従業員や何億もの金を自分の裁量で動かせるはずもないし、もともと同じスケールで何かをするための参考にしたいわけではないからだ。

また、『真実の瞬間』はスカンジナビア航空、『すべてのサービスは患者のために』はメイヨー・クリニック、そして『星野リゾートの教科書』は星野リゾートという特定の企業を取り上げているわけだが、そういう業界について特段の関心があるわけでもない。もちろん航空会社や病院、あるいは旅館経営に携わっていなければ参考にならないような本なら、もともと誰も買わないだろう。せいぜい業界向けの専門誌に、特集記事として掲載しておけばいいような話でしかない。他の業界や業容でも参考になるような、企業経営として重要な議論をしているからこそ、公に出版するに値すると評価された筈だ。このような初歩的で当たり前の判断まで疑わしいほど日本の出版社や編集者がバカなら、もう日本語で書かれたビジネス書なんて読まなくてもいいだろう。

取り上げられている個々の企業そのものに関心がないという理由は、他にもある。だいたいが、いま読んでいる多くのビジネス書でも「優れた企業」の一覧に必ずと言っていいほど IBM が入っているが、歴史を真面目に調べている人であれば、IBM がホロコーストで殺されたユダヤ人の「管理システム」を担当していたことは有名な話だし、現在ですら南アフリカで人種を分類するシステムをサポートしているのだから、これらの「優れた企業」がどういう意味だけで〈優れている〉にすぎないのかは明白だろう。しょせん、「イノベーション」だ「熱狂する社員」だ「顧客満足」だと聞こえのいいスローガンをぶち上げていようと、その相手はナチスやテロリストやカルト宗教団体だったりするのである。したがって、もちろんそういう連中と商売したいとは思わないが、結局のところそういう〈キチガイ集団〉としての企業が強いのはなぜなのかという仕組みや理由は、参考になる。いくらクズどもの集団でも、ヤクザ社会の仕組みが〈或る意味で〉企業経営の参考になるのと同じである。あれこれと理屈はつけても、結局は人を殺すことになる軍隊にも学ぶべきことが多いという厳粛な事実も、同じ理由で企業の経営に活かせるのだ。

ただ、そういう割り切り方を敢えてしている者と、全く無頓着・無自覚に手練手管を考えたり実行している人間とでは、やはりどこかで違いがあるのだろう。昨今、アスペルガー症候群や発達障害といった関連する話題と共に、大企業の経営陣にはサイコパスの気質をもつ人が多いなどと言われることもあるが、個々の事情を気にしていては〈やってられない〉のも確かだ。その一つに法律や道徳があっても気にしないというなら、確かに病的なところは疑われるであろうが、サイコパスと言うよりも〈やってられん〉という気分の人も多いだろうとは思う。

ただ、企業の役職者として僕が気になるのは、Twitter やブログ記事などをあれこれと読んでいると、寧ろ多くの会社で一般の従業員に、法律どころか会社のルールを〈そんなことを気にしていては、やってられん〉と軽視する人が増えてきているように見えることだ。そして、それを「個人主義」とか「クリエーティブ」などという御託を使って「正義」だの「権利」だのと言い張る若造を見かけるようになったのは、いささか懸念される。これが、特定の人物の発令した告知や業務命令を軽視するという人間関係の問題なら、その人物が改めたり工夫してなんとかなるだろうし、そうするのが管理職の責任だろうと思う。しかし、どうもそういうわけではないらしい。そして、それは多くの会社で経営者がサイコパスだから「社風」や「カルチャー」として蔓延しているのかというと、そういうわけでもないようだ。また、いわゆる「新人類」だの「なんとか世代」だのという、新入社員や若手社員という世代の問題でもないらしい。そろそろ、この国も何かの里程標を回るか越えたのであろうか。

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