Scribble at 2021-08-20 11:57:33 Last modified: 2021-08-21 00:33:29

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In Search of Excellence was an afterthought, the runt of the McKinsey consulting litter, a hip-pocket project that was never supposed to amount to much. That’s my first confession, and it’s the truth.(『エクセレント・カンパニー』に書いたことは結果論であり、マッキンゼーではゴミとして扱われていた出来損ないだった。それは、結果としてこんなに売れるとは思っていなかった、小さなプロジェクトだったんだ。これが私の第一の告白であり、いま言ったことが真実だ。)

Tom Peters’s True Confessions

『エクセレント・カンパニー』は、なんだかんだ言っても売れたビジネス書として、このサイトで公開する予定の論説でも取り上げる予定だ。当初は『ビジョナリー・カンパニー』などと同じく〈過去の遺物〉の一つとして展示する予定ではあったのだけれど、実際に読んでみると幾つか気づくことがあって、積極的に取り上げてもいいと思えるようになった。

まず、読み物として非常に読みやすい。さすがに英語はよくできるようだ。そのへんに一山なんぼでいるような自称翻訳家の文章よりも遥かに〈日本語として〉読みやすい。実は日本語として読みやすいということは、日本語の運用能力がそれなりにあるというだけでなく、英語として読んで正しく論旨や脈絡を掴んでいる証拠なのだ。

ただ、やはり翻訳のプロではないためか、幾つかの目立つ箇所でおかしな表現を使っているのが気になった。たとえば、これは高齢者というか学生運動を経験した世代の物書きによくあるのだが、意味のないところで熟語をすぐにカタカナで書こうとするのだ。ただし、僕が日頃から気にしているような、代名詞や助詞・助動詞に挟まれると読み辛くなる平仮名表記の名詞(社名の「はてな」とか、「さくらインターネット」を、当サイトではわざと "Hatena" とか "SAKURA インターネット" などと書いている)を区別するためでもなければ、特に本人が漢字を忘れたわけでもない(ていうか、もしそうなら辞書くらい引けよ)。そうではなく、何の脈絡もなしに「秘訣」を「ヒケツ」と書いたり、「偽物」を「ニセもの」と書いたりする(具体的にどこだったか覚えてもいないので、これらは大前氏の訳ではなく事例にすぎない)。あれは何なのだろう。でも、日本語学のプロパーで話題にしている人を見たことがないため、かえって日本語学プロパーの言語感覚の貧弱さに、いつも不愉快な思いはしている。僕のように平凡で、特に日本語の運用能力が並外れているわけでもない人間ですら気づくことを、どうして母国語の研究者が気づかないのか。

それから上巻の133ページにある、「物事は単純にしておけ、バカヤロー!」も不適切な訳だと思う。もちろん、大前氏も著者の意図を汲んで肯定的に、この表現、つまり英語で言う "Keep It Simple, Stupid"(KISS)を〈尊重するべきこと〉として訳しているのだが、"stupid" を「バカヤロー!」などと訳すものではなかろう。これが親しみのある相手への激励というニュアンスを込めて伝わるのは、殆ど東京の葛飾区や北区といった下町の住人だけだ。そういうニュアンスが伝わらない多くの人からすれば、「いや、"stupid" は叱る意味で言ってるわけじゃないから、ここは『きみたち』とか『なぁ』くらいの間投詞として訳すのがいいはずだ」などという反論が出てきてもおかしくない。こうした、日本語の文章として困惑させられる点は幾つかある。他の箇所でも不適切な翻訳があって、たとえば「きちがい集団」なんて、2003年に英治出版から復刊されたときは修正されたのかどうか知らないが、現在では筒井康隆でもおいそれとは書けないだろう。

内容については、以前も書いたように、本書は著者であるトマス・ピータースが後になって本書を「結果論(afterthought)」だと告白していたとされるのだが(本稿の冒頭の引用を参照)、実際には、彼の「告白」とされるインタビュー記事はインタビュアーの作為で相当に脚色された内容となっている。特にデータを捏造したとされる「告白」については、ピータース自身がデータを捏造した覚えはないと言って反論しているようだ。よって、日本では素人のブログ記事だけでなく、生半可な経営評論家やコンサルまでが著書で「『エクセレント・カンパニー』のデータは捏造だった」などと書いているため、丁寧に調べないと、多くの方は本書について二重に混乱させられることになる。このあたりも、僕は経営学プロパーでもなければコンサルタントでもなく中小企業の実務家にすぎないが、これから公開する予定の記事では正確に整理して本書を紹介しようと思う。

こうした事情はあるにせよ、結果論であろうとなかろうと本書は一読に値すると思う。一つの理由としては、前半に出てくる経営学や経営理論の歴史を解説した内容が参考になる。昨今、特に入山章栄氏の幾つかの著作が出てからというもの、(1) コンサルによるビジネス書はアメリカの経営学者にとって価値がない、(2) 2000年代以前のドラッカーやポーターらの議論は既に捨てられている、(3) HBR なんて学者は読んでない(あれは「エッセイ」にすぎない)、(4) 経営者の自叙伝は小説と同じ、(5) いわゆる「フレームワーク」はコンサルが使う玩具にすぎない、といった割り切り方をする人が増えたようで、しかもこの手の割り切り方は従来の「現場主義」や反知性主義と相性がいいため、皮肉なことに入山章栄氏らを含めた〈経営に関する研究〉全体の信用が失墜していっているありさまだ。しかし、僕がそもそも当サイトで『エクセレント・カンパニー』や『ブルーオーシャン戦略』を初めとする定番の経営書を使って論説を公開しようとする動機でもあるが、歴史や基礎や原則をないがしろにする者は、必ずそれらによって足元をすくわれるのである。そして、過去の論説がいかに稚拙で未熟な調査や考察を展開していようと、そこでの議論は少なくとも叩き台やケース・スタディとしての価値はあるし、だいたいにおいて大多数の企業人なんて、それらの本が書かれた当時の脈絡や立場に身を置いたところで、マッキンゼーやアクセンチュアや PwC のコンサルタントと同じ水準でものを考えられたわけがない凡人であろう。それこそ20年も後になってから彼らの当時の推論や考察と、馬鹿でもわかる後日談とを比べたところで、それ自体が結果論というものである。

更に、本書を読んでいると、ここ最近はビジネス書を毎日のように読んでいるせいもあって、他の著作に登場するアイデアと実質的に同じような議論が出てくることに驚かされる。特に、『ブルーオーシャン戦略』と『イノベーションのジレンマ』で有名になった一連のイノベーションに関する施策や方針やアイデア、それから従来の企業が陥りやすい問題について、『エクセレント・カンパニー』でも似たような議論が展開されていたことに気づく。

ということは、これだけよく読まれた本の多くで共通して議論されていたポイントがあったにもかかわらず、やはり大半の企業では真面目に受け取られずにスルーされたのであろう。しかし、それらのポイントは何も大企業だけができる施策でもなければ、大企業のみがやるべきことでもない。確かに『エクセレント・カンパニー』では大企業だけの分析を意図していたと書かれているが、これを中小企業としての自社にどうやって応用できるかを考えて実行してみるのが、われわれのように経営会議にも加わる部長職の責任というものだろう。そういう意味でも、やはり現在でもこれらの著作を真面目に取り上げてみるべき理由があると思う。もちろん、強い疑問を感じる議論は多い。特に、たいていのビジネス本というのは「顧客志向」と称して、大企業のコストを無視した顧客対応サービスを称賛するのだが、これはたいてい原因と結果を取り違えている錯覚だ。いま資金が豊富にあるからこそできているだけのことを、そこまでの大企業になって潤沢な資金を使えるようになった原因であるかのように描いている本が多く、本書も残念ながら、著者が自分で「結果論」だと言っているように類書と同じ錯覚に陥っているように思う。ていうか、マッキンゼーやデロイトなんかの経営コンサルって最低でもハーヴァードや東大の学卒や修士くらいだろうけど、ありとあらゆる認知バイアスの見本みたいな議論をしてる連中だしなぁ。一例だけ挙げると、下巻に開発研究費あたりのイノベーションの件数が中小企業は大企業の何倍なんてことが書いてあるのだけれど、そもそも彼らが「大企業」とか「中小企業」と言ってる会社の数の差は何倍なのかね?

それから些細なことだが、彼の「告白」は脚色されているとは言え、いくらかピータースの心情を表してもいるらしい(実際、公表されるにあたって、一度は彼も目を通したらしいと言われている)。そういう理由で彼の心情を表す内容として読むと、『エクセレント・カンパニー』を一言で表せばどうなるかと聞かれて "Xerox sucks" と答えているのには笑ってしまった。

※ 冒頭の表紙の写真は、手元にある現物をスキャンした。この本は意外と画像検索でも見つからなかったからだ。

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