Scribble at 2025-09-26 15:08:41 Last modified: unmodified

随分と前から、東大阪市にある山畑古墳群のサイトを作ろうとしている話をしている。そのために、もともと所持していた本や資料に加えて、オンラインで手に入る PDF の発掘調査報告書なども合わせて、色々な文献に目を通している。ただ、こうした作業には一定の経済的な(本をいくらでも買うわけにはいかない)限界や、時間的な(読む時間がいくらでもあるわけではない)限界、それから本件だけが僕の関心や興味なのではないという心理的な限界があるし、それらに加えて、考古学あるいは歴史学という学問に特有の原理的な制約もあるため、個人でやることには、それをもってして自分でもなっとくできるだけの成果にまとめたいという意欲があるならなおさら、何らかの基準で妥協する必要がある。

考古学に特有の原理的な限界は、前にも書いたと思うが、消失した事物を元に戻すことはできないという明白な限界だ。物理的な特性や物質としての姿形を失った事物は、それらが特性や姿形を失うのは熱力学の法則から言って避けられないのだが、少なくとも現代の科学では元に戻すことはできない。覆水なんとやらと諺を持ち出すまでもなく、古墳時代に生きていた人々の顔や身体がどうであったかを知る方法はない。確かに、古墳の玄室や石棺のサイズから「当時のヒトは身長が 10m よりも小さかったであろう」などと冗談のようなことは推定できるが、それがいったい何になるというのか(いや、何らかの魔術で死体を 2m ていどに縮めていたかもしれない!)。

また、環境考古学が色々な成果を出しているのは分かるが、かといって古墳時代にあたる特定の日時、つまり西暦525年9月26日の午後3時に、現在の東大阪市に該当する地域の天気がどうであったかを知る厳密な方法はない。現代のスーパー・コンピュータで数日先の天候を予測することすら、精度がさほど高いわけでもないのだ。いわんや、気象にかんする物理学をどれだけ厳密に適用し、高い精度の数値を初期値として使おうと、1,500年前の或る日時の気象を推測することはできないのである(おまけに、過去の或る時点で気象に影響を与えた色々な事実に関する記録が残っているとは限らない)。

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