Scribble at 2025-01-27 16:28:16 Last modified: unmodified
『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』が1月から放送がスタートするも、SNS上では早くも離脱したという声が。1年間放送する長丁場の作品だけに、途中で挫折した人も多いのでは。2000年以降のNHK大河ドラマで、最終回にたどり着けなかった人が多いのはどの作品?
この手の「ランキング」というのは、実は殆ど信用できないものだ。社会調査論という専門的な知見や技法を全く知らない素人が「調査会社」を名乗って、バイトを使ったりウェブでアンケートの URL をばらまいてデータを集めているわけだが、そのデータを集めるサンプリングの設定にしても、手法にしても、それから調査結果について行う系統的誤差の補正など、社会学部の(真面目な)大学生でも知ってるような常識がない。なので、話題としては取り上げておくが、ランキングそのものはカスみたいなものなので無視してもよろしい。東京で働いていた頃にルーマンやエールリッヒや高田保馬(古いな!)を読んで法社会学者になろうとしたこともある俺が保証するよ。
というわけで、ランキングはどうでもいいとして、話題に登った大河ドラマについて僕の感想を言っておくと、まず『鎌倉殿の13人』(2022年)は面白かった。いわゆる「史実」との兼ね合いについては色々と意見がある人は多いと思うのだが(特に、主人公が実の姉に事実上は殺される最後のシーン)、僕は歴史や考古学を学んでいた者として、敢えてテレビ・ドラマというものに正確な考証は求めないことにしている。不確かな事柄を省くと、そもそもドラマとして成立しないかつまらなくなる可能性があるし、解釈の余地があることなら別に筋書きに都合のいい解釈で構わないと思うからだ。実際、いわゆる「ノン・フィクション」の文献や読み物どころか、官公庁の記録や資料であろうと、必ずしも厳密だったり正確であるとは限らないものであり、そこをどう補正したり、自分なりに扱うかも各人に求められていることだ。その結果として、X や Facebook に屯しているネトウヨやインチキ保守や意識高い系の単細胞リベラルが増えることになるが、そういうものに簡単に耳を貸さないか、課しても自分なりの基準を守る自信があればいいのである。
それから、いま放送している『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、このところ日本の美術へ強い関心をもつようになったので、たまたまそういう事情があって興味深く観ているのだが、そういう事情があっても違和感はある。毎回のように、自己啓発系や「問題解決術」といった、日経 BP の雑誌記事を読まされているような印象を受ける。あるいは、蔦屋重三郎を日本のフィリップ・コトラーであるかのように描いたり、あるいはベンチャー・ビジネスの起業家であるかのように描く。それはそれで分からなくもないし、必ずしもアナクロというわけでもないが、ちょっとあけすけで子供っぽい脚本に思えてしまうのが残念だ。