Scribble at 2023-04-04 12:10:10 Last modified: 2023-04-04 12:55:57

戦前の旧制高校に有名な英語教授がおられ,英文学の作品に出てくる樹木は何でもすべて「トネリコ」を訳してすませておられた,という逸話が残っている。(河野一郎『誤訳をしないための翻訳英和辞典+22のテクニック』、改訂増補版、DHC、2018、p.29)

幻冬舎を侮蔑しておいて DHC の本は買うのかと言われるかもしれない。もちろん、幻冬舎のようなクズ出版社にも耳を傾けてよい編集者や著者はいようが、僕は成果として出版されている著作物で判断している。よって、どちらの出版社も経営者に問題があろうと、DHC からヘイト本やクズ日本史が出ていない限りは、出版社として消えてなくなってもいいとまでは思わない。実際、DHC はもともとは翻訳の会社だったから、出版物の殆どが語学関連だ。おまけに、DHC は現在はオリックスの子会社となって創業者は経営から身を引いている。それにしても、DHC はもともと翻訳の会社だったのに、どういうわけで化粧品会社になったのだろう。

余談はともあれ、上記で引用した逸話には親近感がある。僕も、知らない食材を何でも「かんぴょう」と言ってみたりする習慣があるからだ。それから、この本は色々な他人の誤訳を紹介していて、読んでいてゲラゲラと笑ってしまうような事例がたくさんある。そして、河野一郎氏のクールな文章だが辛辣な批判も楽しい。もちろん、訳す際に注意したいことが丁寧に解説されていて、昔から言われることではあるけれど、基本的な単語でもしっかり辞書に掲載されている全ての語釈に目を通しておき、その言葉の核となる意味合いだけではない、ニュアンスの広がりまで理解することが望ましい。

他にも本書の興味深い内容を紹介しておこう。論理的に考えたらおかしい筈のことを、悪い意味で「辞書的に」理解してしまっているため、プロの翻訳者でも間違うことが多い基本語というものがあって、それを本書では多くの辞書から用例や語釈を紹介しながら丁寧に説明してくれて参考になる。例えば、"We took time for a management meeting in the best (better) part of the day." を Google Translate の自動翻訳だけでなく、プロの翻訳者も「私たちは、その日の最高の (より良い) 時間帯に経営会議に時間を割きました。」などと訳してしまう。これは、正しくは「私たちは、その日の大半の時間を経営会議に当てた。」と訳さなくてはいけない。そもそも、「その日の最高の時間帯」って何なのか分からないのに、それを言って相手に伝わる筈がないだろうと考えるだけで、そのような訳し方はおかしいと気づき、そして辞書に当たれば "more than half of something, most of something" (Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary) と説明されていることが分かる。

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